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騎士と護衛シリーズ

仕事だからね〜メリーさんの塗り薬〜

作者: つむぎ
掲載日:2026/07/19


 17歳女性、成人済みの未婚、特技は草取り、苦手なことは女子会、ポジティブ主義の没落令嬢ことユイナと申します。

 一応、メアリーテールという名のある伯爵家だったが、事業に失敗して借金にまみれ屋敷も領地も全てなくし、今や王都はずれにある森の中の小さな家で生活するとっても貧乏貴族。

 家族?そんなものはこの世にはいない。事業に失敗してから父は酒に溺れて母と喧嘩し、踊り場から足を踏み外して転落死、母はそんな人生を悲観し自殺。


 使用人も去った大きな屋敷で彼らの遺体を目の当たりにした時のユイナはショックから気絶。その後、目が覚めた時は、私がこの世界にいたってわけ。


 目が覚めて混乱する頭を一旦冷静に整理し、ユイナにとっては悲惨ではあったが、要は割り切りだ、と私は迷いなく屋敷を売り、領地を返還し名だけの貧乏貴族として生きる事になったのだ。


 だけど悲観などしない。

 

 前世では仕事ばかりで生きていくのに必死な世の中。休みの日には平日の遅れを取り返すべく掃除と休息に明け暮れ、何の楽しみもなく時間に追われる日々にストレスで発狂し、趣味もなく恋人もなく希望もなく生きていた平凡な私からしたら、今の人生は超ハッピーなのだ。

 朝日とともに目覚めて、庭で採れた野菜と果物、それからパンを食べて、鳥達の合唱を背にモーニングティー。

 それから得意な魔法で前世の知識も使ってオーガニック雑貨を作って売る(中でも塗り薬は、農家の人達から手荒れに効くと評判なのだ)。

 きっと、貴族のままであれば苦労したであろう窮屈な生活は一切なく、今は自由で幸せな毎日がここにある。


 何より驚きなのが、そんな名ばかりの伯爵令嬢に婚約の申し込みがあり、とんとん拍子に婚約が整った事だ。

 とんとん拍子な婚約。つまり、政略結婚とも言う。


 「ユイナ嬢?」


 真ん中分けの長めの前髪は綺麗に整えられ、清潔感ある貴族の息子の婚約者様は、考え込んでいた私へと声をかけた。

 白いワイシャツから覗く清々しい腕に、暑くて緩めた襟元から見える薄ら汗が滲んだ首元、引き締まった体幹部、すらっとした足、そして清端なお顔……(あぁ、抱かれたい)などという不埒な妄想を追い払い、私は彼にお水を渡した。


 「いつもありがとうございます、さすがに動物はまだ捌けなくて。騎士様ってなんでもできるのですね」

 「野営がありますから」


 そう言って自ら狩ってきた動物の処理をし始めるアレックス。私はその横で手を合わせる。


 「いつも思うんですけどそれは?」

 「頂く命に感謝しているのです」

 「なるほど。見た事ない儀式だ」


 以前、捕まえたはいいものの、その命を断つことができずに包丁片手に狼狽していた私を見て、こうやって訪れた時に、私の代わりに食糧を調達してくれる頼もしい婚約者様。

 ちなみに、今はお忙しい騎士様との僅か少ない婚約者と過ごす時間、つまりデート中なのである。


 「私もちゃんとできるようにならないとですよね。生きるためなんですから」

 「いやいいでしょう。こうやって私が来た時に行えば済む事です。何も女性のあなたが無理してする事じゃありません」

 「優しすぎる」

 「こんな事で?」


 アレックスは不思議そうに顔をしかめた。


 「あなたは不思議な人だ。普通の女性ならまず婚約者との時間に過ごす事ではないと怒るのですがね」

 

 訝しげにこちらを見ながらも手は止めないアレックス。作業をしながら汗を拭く彼は、とても色気があってそれだけで私は満足しているから問題ない。


 「そんな事で?何をするかも大事ですけど、過ごせる時間があるだけいいってものです」


 アレックスは「そう、ですか」と妙に納得したようなそうでないような疑心暗鬼な顔で私を見つめてきた。


 「今日はこの後何をする予定ですかー」


 バサっとアレックスの頭上で白い鳩が現れて、彼の手に手紙を落とした。

 その手紙をゆっくりと開いて目を通す。


 「ユイナ嬢、申し訳ないが」

 「殿下ですね?」


 真面目な顔で頷くアレックス。


 「どうぞ、行って下さいな」

 「……申し訳ない」

 「謝らないで大丈夫です」

 「また埋め合わせします」


 私は早く早く、と手でアレックスに手を振り、アレックスは顔を引き締めて馬に跨った。

 頭上では白い鳩がバサバサと急かすように飛び、アレックスが駆けていく。彼の頼もしい背中を見送り、ちょっぴり残念な気持ちは心の箪笥に仕舞い込んだ。

 ……もう少しアレックスを堪能したかったな、という邪心は置いといて。


 アレックスは我が国の王女殿下であるローズマリア殿下の近衛隊の一員として働いている。そして、とても名誉な仕事をしているアレックスは、実は名家の息子だったりするのだ。

 アレックス・リスルナー侯爵家の次男。それはそれは大層な家の生まれなのだが、では、なぜこんな私と婚約を?と疑問だらけだろう。


 アレックスがローズマリア殿下の護衛騎士をしていること。これが大いに関係しているのである。


 まずローズマリア殿下はとても美しく可憐で天真爛漫な15歳。彼女の護衛をする事は騎士にとって憧れそのもの。そして、それはローズマリア殿下自身も承知の上のこと。

 彼女は気に入った騎士を近衛隊に引き込み、あらゆる理由で騎士達を呼び寄せ、可愛いお願い事をした。

 それが騎士達の非番であってもだ。


 そうすると、どうだろう。

 彼女が呼べば騎士達は行かねばならない。それが婚約者との時間であってもだ。呼ばれて行かねばならない理由が、はたまた忠誠心なのか下心なのか、それは本人達のみ知るところではあるが……それが原因で婚約解消になる事もあった。

 アレックスもその一人なのだ。


 侯爵家の次男であれば、貴族として生きていくために婿入りしなければならない。アレックスはどこかの子爵家と婚約していたが、ローズマリア殿下からの呼び出しに応じるうちに、婚約者様が怒り悲しみ、それが不信感に変わり、最後にはアレックスの浮気と見なされ婚約解消。

 その後も婚約前の交流で同じような事が続き、令嬢達は「私を一番にできない殿方はいりません」と言われる始末。

 そして、アレックスもアレックスだが、超が付くほどの剣好きの騎士一筋。王族への忠誠心に従う事、それは彼の騎士道としては当たり前であり、主であるローズマリア姫の命令は絶対なのだ。

 クソ真面目で不器用な男アレックスが、女性への扱いに慣れておらずに招いた結果なのだと私は解釈している。

 アレックスがローズマリア殿下と不埒な関係にあるという事実はないし、全ては女達の勝手な妄想と嫉妬によって生まれた戯言なのだと思う。


 その後、リスルナー侯爵は貧乏貴族の私に目をつけた。とりあえず、没落していても貴族は貴族。細々とやっているが、私の趣味であるオーガニック雑貨作りを全面的に支援しようと言われれば、二つ返事で返すなど簡単だった。

 だが、アレックスは乗り気ではなかった。


 『私は仕事が出来ていれば良かったのです。婚約をした所で仕事柄どうしても上手くいかないのは証明済みなのに……きっとこの婚約も上手くいきません。断るなら今ですよ』


 散々、「浮気者」、「姫の犬」、「薄情者」などと蔑まれてきたアレックスは、やや女性不信となりつつあったのだ。

 始めこそ、アレックスは他人行儀でどこか人生を諦めた感じで訪れていた。しかし、約束の日には必ず訪れるか来れなくても手紙を送るかする彼を見ていれば、どこが薄情なのだろうと思う。忙しい中も律儀に食糧を調達してくれる良い人である事は変わりない。


 「アレックスに負担がかかっていなければいいのだけど。姫様も人使いが荒いのねぇ」


 そんな呑気な事を言っていたが、思っていたよりローズマリア殿下のお呼び出しは頻繁に続いたのである。





 アレックスと婚約してから半年ほどが経った。

 彼は月に一回、私の家へやってきて食糧の調達をしてから帰る。私は推しのアレックスが見れて、食糧も蓄えられる。その上、私は「文通」というものに興味があった。丁寧に文字を書いて蝋で封をする。アレックスからの返信は簡潔かつ業務的であったが、私はこの文通が好きだし、令嬢の甘酸っぱい恋を体験しているようで楽しんでいた。

 それだけで、とても満足していた。


 ただ、ほとんどのデートが最後まで終えられるなんて事は滅多になく、相変わらずのローズマリア殿下からのお呼び出しにアレックスは生真面目に答えていた。

 「何の用事?本当に仕事なの?」なんて愚かな質問はしないし、アレックスも答えないだろう。そんな事したらお互い首がとぶからね。


 私も新しく販売した塗り薬が平民から兵士へ、そして下級貴族へと話題になり、ありがたい事に、なんとたまたま我が国へ来ていたという隣国のお貴族様から取引したいと声がかかった。

 今では、城下町の雑貨店に一部販売をしてもらいながら、お得意様との取引で生計を立てている。


 「ユイナの作る塗り薬は本当に万能なんだ。色んな怪我に効くし、乾燥予防にもなる」

 「ありがとうございます。カイ様、こちらはミントなどのハーブをブレンドした清涼感あるものでして、痒み止めにも暑さしのぎにもなる物なのですが、どうでしょうか」

 「ふむ………………ほぅ、これは良いな。痒みも引きそうだ」

 「加えてですね、ハーブは虫除けにも良いので、野営中などこれを塗れば、虫刺されの心配もございません」

 「素晴らしい!!ぜひ、独占したいものだ」

 「カイ様の土地で取れるハーブと羊毛があっての品物なので、もちろん、優先して取引致します」

 「商売上手だな。それに、君が既に婚約済みなのも残念だ」

 「まぁ、お上手ですわ」


 長い茶髪の前髪から覗く薄青色の綺麗な目を細めてカイ様に微笑まれ、私は業務用笑顔を張り付けた。

 カイ様の長い指が私の頬へと伸ばされ、私は一歩引いた。


 「そういうガードが固いところも良い」

 「ありがとう存じます」

 「惜しいなぁ、君の薄情な婚約者なんて捨てて僕のとこへおいでよ」

 「私はアレックス様一筋ですから」

 「姫と浮気中かもよ?」

 「もちろん仕事中です」

 「そのブレない精神もいいね」

 「そういえば、カイ様はご婚約の方は?」

 「俺?まぁ、今はいない」

 

 濁したな。


 「だからさ、少しだけ遊ぶ分にはいいんじゃない?ユイナの彼も姫と浮気中でしょ?いいじゃん、少し羽伸ばそうよ」

 「堂々と不貞発言やめてほしい」

 「バレなきゃ大丈夫」

 「あのですね、ってアレックス様!」


 背後から腕が伸びてきて、後ろを仰げばすぐ近くにアレックスの顔があって、心臓が跳ねた。


 「びびびっくりした!!どうしたの?」

 「人の婚約者を口説かないで頂きたい」

 「やぁ、アレックス」


 最近どう?のような軽いノリでカイ様は挨拶したが、アレックスはなぜか腕に力を入れる。

 そんなカイ様にアレックスは軽く会釈のみ行う。


 「薄情な婚約者様は何のご用で?」

 「カイ様、私、アレックスを薄情だとは思ってませんよ」

 「ふーん。でも、俺だったら婚約者の方を大事にするけどなぁ、護衛の代わりなんてごまんといるだろ?」

 「……護衛騎士が私の仕事なので」

 「そうですよ、アレックスは真面目にお勤めされているだけですから。はい、もうこの話はお終い。それよりアレックス様はどうされたんですか?」

 

 まだ私をバックハグであればもっとドキドキしたのだろうが、片腕で私を抱える姿はどう見たって拘束だ。抜け出そうと身を捩ったが離してくれない。


 ……何のご褒美だこれ。


 「……あなたにお話ししたいことが」

 「うん、何でしょう?」

 

 まだそこにいるカイ様など目に入っていないようにアレックスは私を腕でギュッとした後、力を抜いてから私と向き合った。

 何気にこのバグは初めての触れ合いだったけど、何の余韻もなく終了してしまった。


 「ローズマリア殿下からあなたに招待状が……近々、王城へ来てほしいとのことです」

 「……うん?」

 

 カイ様が小さく口笛を吹いて楽しんでいる。私はハグの名残惜しさが消えずに、アレックスの発言を理解する事ができずに首を傾けた。





 「本当に行くのですか?」

 「勿論よ、だって姫の招待でしょ?断れないもの」

 「ですが」

 「大丈夫ですって。私の塗り薬に興味を持って下さったなんて光栄なことだわ」

 「……」


 アレックスが意味深な表情で顔を曇らせる。まぁ、どうせ姫は嫌がらせをしたいとか、そんなとこでしょうね。


 私が集めた情報から考えると、ローズマリア殿下は承認欲求と独占欲、そして劣等感の塊みたいな人だ。気に入った男全て自分を一番に考えてもらわないと納得できないのだから、アレックスがいつまでも落ちない事に不満を抱いているのだろう。

 婚約者のいる男を侍らせて、関係を壊して相手の女性への優越感に浸る。それが彼女のやり方だ。


 アレックスは真面目だ。倫理観を持ち合わせた真面目な男なのだ。


 だから姫はアレックスを目標とするより、直接、私へと危害を加えようとしている……そんなとこだろうか。

 私は腕に抱えている木箱を大事に持ち直した。それを心配そうに見つめるアレックス。

 馬車から降りてアレックスが私をエスコートしようと手を出したが、両手が塞がっていてできない。


 「使用人に持たせましょうか?」

 「ううん。大事な物だから私が持つわ」

 

 するとアレックスは私の腰に手を回して歩き始めた。歩きづらいが、なんだか守られているようでくすぐったくなった。


 「ありがとう」

 「……何がです?」

 「送ってくれて」

 「……」


 アレックスが険しい顔で押し黙った。そのまま無言になる私達。こんなにも不機嫌なアレックスは珍しい。

 何かあった?と聞くか聞くまいか悩んでいるうちにお茶会場所へ着いてしまった。

 ローズマリア殿下は薔薇が咲き誇る温室の中におり、優雅にお茶を飲んでいた。私が来ると品定めするように見てから、どこか意地の悪い顔で笑った。


 「お初にお目にかかります。わたくし、メアリーテール伯爵家のユイナと申します」

 「ご機嫌よう、ユイナ様。アレックス、案内ありがとう。あとは護衛について頂戴」

 

 今回、招待されたのは私だけであって、アレックスは仕事として私をエスコートするため。少し戸惑いを覗かせたアレックスに私は視線を送る。

 会釈してからアレックスは護衛位置に戻ろうとした。だが、ローズマリア殿下がアレックスを呼び寄せて側に来させる。


 「あなたの護衛はここよ、アレックス」


 甘えた言葉でアレックスに触れようとして、その手は空をかいた。


 「アレックス。もう少し側に来なさい、何かあったらどうするの」

 「……お言葉ですが殿下。この距離でも十分、護衛できます。あなたの護衛騎士の実力を疑うのですか?」


 アレックスの淡々とした返しにムッとしたローズマリア殿下。

 だが何かを思いついたのか気を取り直したように私に向き直って言った。


 「まぁいいわ。ユイナ様、最近あなたが作っている……なんでしたっけ、モーニング軟膏」

 「オーガニック軟膏」

 「オーガニング……まぁ、なんでもいいわ。それがとても評判が良いと聞きましたの。是非、私も使ってみたいと思ったのよ」

 「王女殿下に関心持って頂き嬉しい限りです。こちらが、その品で御座います」

 「アレックス」

 「はい」


 アレックスが丁寧な手つきで木箱から出して、ローズマリア殿下の目の前に置いた。

 

 「可愛い入れ物ね」

 「ありがとうございます」

 「アレックス、塗って頂戴」

 

 ローズマリア殿下はその白い手をアレックスに出した。侍女が慌てて言う。


 「殿下、まずは私達が初めに使用して害がないか確認致します。塗り薬でも薬は薬なので」

 「そんな事いいわよ。塗り薬で死ぬ事はないでしょう?それに、私の大事な護衛騎士の婚約者だもの。まさか、そんな恐ろしい事考えないでしょう?」

 「ええ、もちろんでございます。ただ、侍女様の言った通り、少し試してからー」

 「アレックス、ねぇ、早く」

 「殿下、ここは一度耳を傾けて」

 「命令よ、アレックス」


 ローズマリア殿下はアレックスの手を取って塗り薬を手渡した。

 アレックスは小瓶をじっと見つめて私に視線を向けた。姫様の命令であれば断ることなど御法度である。ただ、通常であれば、婚約者が異性に触れるのを見せられるのは、普通の令嬢なら我慢できないのではなかろうか。

 私が頷いているのを見て、小さく息を吐き、アレックスは無表情のまま塗り薬を手に取ると、ローズマリア殿下の手を取って塗り始めた。私はそれをじっと見る。


 「あなたの手はとても冷たいのね。ひんやりしていて心地良いわ」

 「そうでしょうか」

 「こっちの手もお願い」


 淡々とした動作でアレックスは進めていく。私はその作業をじっと見ていた。ちらちらと騎士や使用人がこちらを気にしながら見ているのが分かった。


 「あの、ローズマリア殿下、発言をお許し願えますか?」


 私は挙手して言った。


 「何かしら?」


 にまぁ、と笑ってローズマリア殿下は私を見た。私は立ち上がって二人の元へ颯爽と歩く。誰かが警戒している。


 アレックスの横で止まって私は彼から小瓶を取り上げた。だいぶ動揺している。


 「ユイナ嬢……」

 「何ですか、これは」

 「いや、」

 「ユイナ様、そう気を荒げないで。こんな事でいちいち嫉妬していたら、騎士の妻など務められな」

 「その塗り方はなんですかって聞いているのです」

 「……?まぁ、とても優しい塗り方でしてよ」


 頬を染めるそこの自惚れ姫は置いといて私はアレックスに向き直って言った。


 「いいですか、アレックス様。塗り薬には効果的な塗り方があるのです。それはただの保湿剤も同様。たかが塗り薬、されど塗り薬です」

 「……はい?」


 ぽかん、とアレックスは小さく口を開けた。


 「いいですか?まずは塗り薬を手に取ったら、自分の手で温めます。体温で温める事で馴染みやすくなります。そして、手のひら全体で優しく皮膚に対して横に塗っていきます。あなたは、縦にただ伸ばしていただけ。それでは薬が効果的に吸収されず、ベタベタして不快感が残るのです。これは保湿剤でも同様」

 「はぁ」

 「ほら、あなたの手も温まってきたでしょう?」


 アレックスの手で実践しながら私は説明していた。血流が良くなったのか、ほんのり手が紅色に染まってきており、とても柔らかな肌になっていた。

 

 「そして、できればマッサージも行えばより良いでしょう。王女殿下などは日頃からヒールなどをお履きになる……足も疲れる事でしょう。寝る前に、保湿剤でもいいのでマッサージしながら馴染ませる事で、血流が良くなり、お肌の調子は最高、疲れも取れ、そして良く眠れる事でしょう。騎士であるあなたのお仕事は護衛が主ですが、姫様が安心安全に生活できることも含まれてますよね?健やかな体は生活を整えます。そうすれば、意欲的に公務に取り組めるかもしれませんし、穏やかな休息時間を過ごすこともできましょう。もちろん、王女殿下のお身体に触れることなど許されないかもしれません。そこは、侍女の皆様がいらっしゃいますので、あなたがアドバイスを差し上げれば宜しいのです。ただ、もし公務で外に出られた時、野営などで王女殿下がお疲れの時は、侍女だけではなく騎士でも姫様の健康のため気を使う場面もおありでしょうから……主のため、王族への忠誠心高くお仕事されるアレックス様を私は誇らしく思っています」


 アレックス様を見上げて私はにっこり笑った。


 「大丈夫ですよ。あなたはとても立派な騎士です。誠心誠意、王女殿下に仕えて下さいませ。それは私も同じですから」

 

 私は小瓶を侍女へと手渡した。目を潤ませて頭を下げるのはなんで?


 「ローズマリア殿下、これ以外にも私は様々なお薬を使っていますので……殿下?」

 

 ローズマリア殿下が立ち上がり私の目の前に来た。そして、気付いたら頬に鋭い衝撃を受けていた。咄嗟に頬に触れると手についたのは赤いもの。

 ローズマリア殿下が持つ扇子で頬を打たれたのだと気づく。


 「王女殿下っ!!!」


 アレックスが私を王女殿下から守るように肩を抱いた。

 

 「ふざけた事を抜かす女ね。いい?私に仕える者は私の命令通りにすればいいの。王族の私が言うことが全てでしょう?あんたみたいな落ちこぼれが、私の事に口出すんじゃないわよ。あら、丁度いいわね、自分で作った塗り薬の効果を試す機会じゃない」

 「出過ぎた事をしました、申し訳ありません」

 「アレックス、その女とは婚約破棄しなさいな。こんな生意気な女、あなたに相応しくない」


 私の頬にハンカチを当てながら珍しくアレックスの言葉には、震えが混じっていた。


 「王女殿下……結論から申し上げますと婚約者破棄は致しません。そして、これ以上私の婚約者に手を出すなら……主のあなたであっても許容することなどできません」

 「アレックス!私の命令が聞けないの?」

 「これはプライベートな事です。仕事はしますが、私的な事に関しては勘弁して頂きたい」

 「仕事?……これまで全て仕事だっていうの?」

 「仕事以外何がありますか?」

 「だって……あなた、私が言えば来てくれたじゃない。雷が怖いって言えば寝るまで側にいてくれたし、足が痛いって言えば抱えて送ってくれたじゃない……」

 「あなたの騎士なので」

 

 涙目で訴える王女殿下。本当にそこに何かがあると思っていたのだろうか。


 「そ、それが全部、仕事だったからと言うの……?」


 私達は顔を見合わせた。さも当たり前のように私は聞いた。


 「だって……仕事だものね」

 「はい、仕事ですから」

 「仕事……」

 

 ローズマリア殿下は、ふと周りを見渡した。騎士達皆、姿勢正しく立っている。

 

 「私は王族に忠誠を誓う王国騎士です。あなたをお守りするのが仕事です。そして、王国騎士は王族の命令に背く事はできません」

 「じゃあ」

 「……これまではそれで良かった。ですが、今は大事なものが何か気付くことができた。これ以上、あなたが私的な事に口を挟むなら、私は騎士を辞めてもいいです」

 「アレックス様」


 私はアレックスの腕を軽く叩いて宥める。


 「私のことは気にしないで。こんな傷、どうってことないわ。辞める必要なんてないわよ、むしろ、感情に振り回されてはいけないわ。あなたは立派な騎士なのだから、ただ騎士として殿下をお守りすればいいの」

 「あなたは嫌ではないのですか?その、私が今後も、王女殿下の気まぐれに急に呼び出されてデートが台無しになる事も、あのように……その、」

 

 私はコソッと「肌に触れること?」と小さくフォローした。「何っ!?なんだか失礼な事話してない!?」という外野は置いとく。


 「ええ……これまでは何の感情もなくやってきましまが、あなたと出会ってからはなんだか疑問が」

 

 そりゃそうでしょうとも。この女は行き過ぎだ。

 

 「仕事であれば感情は抑えなければ。だけど……臣下であれば、間違いに流されるのも違います」

 「ええ、そうですよね。ですから」

 「騎士として、あなたの騎士道に従えばいいのです」


 じっとアレックスに見つめられて、なんだか自分で言っている事なのに恥ずかしくなる。


 「あなたはとても素敵な人だ」

 「褒め言葉がすぎるわね」


 おそらくハートを散らしていた私達。ローズマリア殿下が今にも襲いかかってきそうだ。


 「私を見捨てるのね……そう……」


 ぶつぶつ何かを呟いていたと思ったら、突然、ローズマリア殿下がしゃがみ込んだ。


 「あぁ、痛いっ!!」

 「どうされましたっ!?」


 侍女が慌てて駆け寄る。驚いた事に、手の甲が赤く染まっていた。


 「っ、さっきの塗り薬よ!!この女、何か毒を入れてたんだわ!!捕まえてっ」


 騎士が慌てるのを尻目に、私はローズマリア殿下へ歩いて行く。

 「王族殺人未遂よ!!」などと喚いているローズマリア殿下に私は小瓶を差し出した。


 「やめてっ、いや、殺されるっ」

 「殿下、これが見えますか?」

 「えっ?」


 私は小瓶の裏を殿下に見せた。そこには、びっしりと文字が連なっているのだ。


 「な、何よこれ……」

 「この塗り薬の成分表と注意事項です。簡単に説明しますと、ええと、ご使用前には少し手に取り異常がない事を確認して下さい。稀にアレルギー反応が出る事があります……見えますか?」

 「みっ、見えるわよ!!」

 「侍女様も言いましたよね?パッチテスト、しましょうって。私も説明する前に、殿下は自ら使用したのですよ」

 「だからって、王族の私に危害が加わったのだからあんたなんか、死刑にもできるのよっ」

 「そうでしょうか……とりあえず、何のアレルギー反応でしょうか……桃エキス?カモミール成分……は飲んでいるでしょうから……羊毛油?ジュウヤク?うーん」

 「は……?今、何て言ったの?羊ですって?それに、あの臭い葉っぱ……?そ、そんなものを私の肌に塗ったの!?」

 「いやですわ、王女殿下。とっても素晴らしい成分なのですよ、特に羊の油は」

 「け、け、獣の油をっ、よくも、そんな汚いものをっ!!この女をっ早く捕まえて!!」

 「塗る前に確認すれば良かったのです」

 「ッこのっ!!!」


 ローズマリア殿下が小瓶を投げた。「こんな貧乏臭い薬なんて私にはいらないわっ!」と言いながら。

 コロコロと小瓶は転がり、そして、それをとても身なりの良い男性が拾った。そして、私を見て、その男性は、ぱちんっとウィンクをした。


 「我々の努力を貧乏臭いと罵られて、悲しいね、ユイナ」

 「カイデル様っ!?」


 ローズマリア殿下は、彼を見て怒りで乱れた髪をさっと撫でた。


 「ど、どうされたのですか?ここへ来るなど一言も……」

 

 艶やかな髪を撫で付けながらローズマリア殿下は言う。切り替えが早すぎる。でも、仕方ないだろう。


 カイデル・フォン・ナディールは隣国の第一皇子……そして、ローズマリア殿下の婚約者候補。


 「この塗り薬に使っている成分は、僕の国でよく摂れるものなんだ。それで、ユイナ嬢と取引した……そして、今日、正式に国交を結べたらと思っていたんだけどね」

 「え」


 でも無理そうだ、と呟いたカイデル王子にローズマリア殿下は青ざめる。


 「か、カイデル様、あのっ」

 「気やすく名前で呼ばないでくれる?」

 

 爽やかな笑顔にある冷たい眼差し。


 「うーん、父上からは第一王女殿下との婚約も視野に外交してこいって言われたけど……どうしたものか。ユイナとの個人的取引でもいいんだけどね、僕は」

 「あの、ナディール皇子様、先ほどの発言は、その臣下が生意気な事を言うので……教育のために」

 「教育?教育のために、素晴らしい効能の品物さえも貶していいって、そう言ってる?」

 「違います、私はただ……人に被害が出るような不確かな物を売るべきじゃないと、そう言いたかったのです。王族である私が被害を被ったのもあり得ません」

 「それは、自分で確認しなかったんだよね?知らないわけないよね?日常には毒殺とか危険がいっぱいだってこと。それを、確認を怠りましたって……他責もいいとこだよ。自分が王族だって認識ある?」

 「ですが」

 「君の日常的な醜態は調査済みだ。貞操を疑うね……あちらこちらから被害を訴えている者がいるらしいよ」

 

 その言葉にローズマリア殿下は、唇を震わせてその場に座り込んだ。


 「汚らわしいのはどっちだろうね?お姫様?」


 項垂れるローズマリア姫を一瞥して、控えた侍女にカイデル皇子は言った。


 「それと、もし万が一だけど。その手の赤みがアレルギーなら、成分を徹底的に調べた方がいいかもね。じゃないと敵に武器を渡すみたいなものだから」


 さっと近くにいる侍女が何かを隠したのをはっきり見た。詰めが甘すぎる。

 そして、カイデル皇子は私とアレックスの所へ優雅に歩いてきた。


 「知らなかった」

 「言ってないし、ね?アレックス?」

 

 その様子じゃアレックスも知ってたのか。だから、あんな気軽な挨拶だったのね。


 「それじゃあ、お二人さん、また近いうちに会おう。取引についてもう少し詰めたいからね……ユイナ一人でも構わないよ」

 「絶対にさせません」


 はははっと軽快に笑ってからカイデル皇子は去って行った。

 アレックスの腕の拘束が強まった気がしたんだけど、意外と嫉妬深い?見上げれば、彼の瞳の奥に燃えるような情熱を見た気がして、どくん、と心臓が脈打ったのは、きっと気のせいなはず。





 あれからローズマリア殿下は、日頃の貞節のなさが明るみに出て、父王を卒倒させた。アレックスから聞いたところによると、相当な騎士をベッドに引き込んでいたらしい。

 被害を訴えている者もいたり、一部では彼女に心酔する者もいたらしいが。


 「神に誓って」

 「疑ってないですよ」


 不安そうなアレックス。


 「なぜ?」

 「うーん、これに関しては直感ですけど。ああいう尻軽女には同じような男が集まりますから。あなたはそうじゃない、それくらい分かるし、もしアレックス様が嘘をついてたなら、相当な演者ですね」

 「嘘はつけませんから」

 「知ってます。それはそうと、第二王子の護衛はどうですか?」

 「とても心が軽いですね。そして気持ちが清らかになる」

 「だって5歳ですから」


 ローズマリア殿下の異母兄弟。これからこの国を担っていくかもしれないお方。


 「ローズマリア殿下はもう北へ?」

 「すでに王都を経ちました」


 現状を知ったローズマリア殿下の叔母(王陛下の妹)が「言わんこっちゃない!!甘やかしすぎよ、私が性根叩き直してあげるわ」と北の厳しい辺境伯へと連れて行ったらしい。

 

 「まだ15歳だから、やり直せるわきっと」

 「本当にあなたは寛大な人だ」

 「そうでもない……もし、王女殿下が素晴らしく人格者で清廉な方であったら、私も嫉妬していたかもしれない、し……な、なに?」


 とても嬉しそうな顔で私を引き寄せるアレックス。


 「嫉妬するまでもない相手であっただけで、私のこと、ちゃんと見てくれてるんですか?」

 「……当たり前じゃない」


 揶揄うような態度にちょっと照れ隠しで尖った言い方をしてしまう。


 「まんまタイプなんだから、仕方ないじゃない!!」


 目を見開いて驚いた後に、アレックスは嬉しそうに頬を緩めた。


 「……触れても?」

 「いちいち聞かないで」

 「以外と恥ずかしがり屋ですね」

 「うるさい」


 真面目なお堅い騎士の愛は、蓋を開ければ容赦なかった……とだけ言っておこう。

 



〜〜〜〜



 「ほら、ちんたらしない!!そこが終わったら雑巾掛けだよ!!」

 「王女の私にこんな事をっ」

 「王女なんて名乗れるほどの人間かいな」

 「叔母様だって、元王女のクセに、こんなに野蛮になって、恥ずかしくないのっ!?」

 「誇りさえ持ってるさね!ほらほら、さっさとしないと羊小屋の掃除をさせるよっ」

 「それだけはっ、いやっ!!」


 叔母愛用の小瓶が目に入って、鳥肌が立ちローズマリアは濡れた雑巾を手に中腰で走り出す。


 「メリーさんなんて羊で十分よっ!!」

 「無駄口叩かないっ!」

 「ひぃぃ」



ー*ー*ー*ー◇メアリーの万能薬◇ー*ー*ー*ー


 ◎ご使用前には異常が生じないか少量から試してお使い下さい。アレルギー反応にご注意下さい。

《成分表》羊毛油(精製済)、オリーブ果実油、蜜蝋、ハッカ葉油、ホホバ油、桃の葉エキス、レモン果皮汁、ラベンダー香料、カモミール香料、ミント香料

《ご使用方法》適量を手に取り温めながら皮膚に対して横に滑らせて塗り込んで下さい。まれにアレルギー反応が出る可能性がありますので、その場合は使用をすぐに中止し洗い流して下さい。

《用途》擦過傷、痒み止め、乾燥、虫除け

《製造所》maryさんの工場


ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*


fin.


お読みいただきありがとうございます。

成分表などは、私が入れたい物を適当に見た目だけで書いたので物語の中での物です。

※一つ一つに効能はあっても薬効があるものではありません。

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