小説を指導するもの
「この小説はどうでしょうか? 前半部分のアドバイスをお願いします」
「分かりました⋯⋯物語の動き出しが少し遅いかと思います。序盤に、極端に言ってしまうと、最初のページから事件を起こしてはどうでしょうか。そこで読者を引きつけることが重要となります」
「私の作品の全体を読んでみて、総評をお願いします」
「分かりました⋯⋯プロローグから話の結びまで、よくまとまっていると思います。ただ、中盤のストーリーが少し平坦です。会話を中心に登場人物の人間関係を描こうとしているのは分かりますが、どうしても中だるみに感じてしまいます。ほんの少しだけアクシデントなどを起こし、それを通して関係性の変化を表してみてはどうでしょうか」
「戦闘アクションシーンのアドバイスをお願いします。厳しめで構いません」
「分かりました⋯⋯まず、読んでいて人物同士の位置関係が把握しづらいです。距離感や間合いの描写が足りていません。主人公の行動と相手のリアクションは及第点で問題ないでしょう。ですが、説明や動作が長々と書かれているため冗長な印象となり、素早い応酬であるはずの場面でスピード感を欠いています」
そう遠くではない未来。
人間はわざわざ自分で文章を考え、書く必要が無くなっていた。
簡単な指示1つで、AIが完璧に仕上げてくれるのだから。
小説家という職業も過去のものとなり、欲しい物語を希望すれば、どれだけ長編であろうと、要望にそったストーリーをごく短時間で作ってくれた。
やがて、人は小説の書き方を忘れてしまった。
物語などAIに丸投げして、作成させればいい。
誰が書いたか、作者がどれほど苦労したか。
そんな人情に訴えるエピソードなど、無価値。
エンターテイメントとして手軽に消費できるものを思い通りに手にできれば、それでいいのだ。
これが進歩したAIとタイパ至上主義が生んだ、世の風潮だった。
しばらくの時を挟んで。
小説に、また日の当たるときがきた。
ただし、大きな脚光を浴びるというほどではない。
個人でおこなう趣味の1つとして、だ。
それでも少しずつ、盆栽や陶芸のように世間に認められ、愛好家と規模はじょじょに増えていった。
今では「人間が書いた小説」の品評会が開かれ、大賞を受賞すると、ペーパーレス社会で大変貴重となった「紙」で「本」を作ってもらえるのだそうだ。
人々はその栄光を夢見て、小説指導用AIに上達のための教えを乞い、作品の執筆に日々いそしんでいる。
もうアドバイスやチェックにAI使ってる人は普通にいるけどね。




