第3話 気合いの国産牛ローストビーフより、オーストラリア産牛丼
豪華な料理が、心を掴むとは限らないらしい。
資産を20%失った僕は、
今度は胃袋で挽回しようとしていた。
国産ローストビーフで勝負。
そして数日後、オーストラリア産牛丼。
未来の旦那、今回はキッチンに立ちます。
来た、来た、来た。
詐欺で資産を削りながらも、
なぜか関係は順調に進展していた。
付き合って3週間。
今日はおうちデート。
僕が手料理を振る舞う日だ。
僕は料理だけは自信がある。
幼い頃から母の手伝いをし、
長年の一人暮らしで鍋とフライパンを友にしてきた。
同僚からも「店出せる」と言われたことがある。
真面目な男は、褒められた分野を過大評価しがちだ。
今日は全身全霊でもてなす。
国産牛のローストビーフ。
奮発した。
グラム単価を見て一瞬ひるんだが、
未来の嫁候補に出すなら安い投資だ。
作り方は意外と簡単だ。
常温に戻した肉に塩胡椒をしっかり。
全面をフライパンで焼き固め、
ジップ付き袋に入れて空気を抜く。
70度前後の湯に入れてじっくり湯煎。
この“じっくり”が大事だ。
恋愛も火加減だと、このときの僕は思っていた。
タレは自家製。
すりおろし玉ねぎにたっぷりのポン酢。
これだけ。
驚くほど簡単だが、これがめちゃくちゃ合うのだ。
1LDKのキッチンで皿に盛り付ける。
薄く切った断面はきれいなロゼ色。
完璧だ。
彼女は一口食べて、目を丸くした。
「え、美味しい……」
よし。
「お店みたい」
よしよし。
「玉ねぎのタレが最高」
勝った。
僕は心の中で叫んだ。
彼女の胃袋、ゲットだぜ。
そう、このときまでは。
数日後。
彼女からメッセージが来た。
「今度は普段作ってるのも食べたい」
普段の?
僕は一瞬、たじろいだ。
ローストビーフは“勝負料理”だ。
だが普段作っているのは、もっと生活の味だ。
冷蔵庫と相談して作るやつ。
値引きシールと対話するやつ。
その日、僕が用意したのは――
ライフで買ったオーストラリア産牛切り落としの牛丼。
調理時間十五分。
フライパンに油。
玉ねぎを炒め、
牛肉を入れ、
砂糖、醤油、みりん、酒。
ぐつぐつ。
正直に言えば、手抜き料理だ。
ローストビーフに比べれば、華やかさはない。
これでいいのか?
未来の嫁候補に、
“日常”を見せてしまっていいのか?
彼女は箸を持ち、静かに食べた。
数秒の沈黙。
僕の心拍数が上がる。
「……この味」
まずい。薄かったか?甘すぎたか?
「私には出せない」
え?
「好き」
……好き?
「また作ってほしい」
僕は箸を落としそうになった。
ローストビーフではなく、
牛丼で心を射抜かれるとは思っていなかった。
「ローストビーフのほうが豪華だったのに?」
つい聞いてしまう。
彼女は笑った。
「もちろんあれもすごい。でも、これは……なんか安心する」
安心。
「毎日食べられそう」
毎日。
この人は、非日常より日常を選ぶ。
映える料理より、続く料理を選ぶ。
彼女は続けた。
「外で頑張ってる感じの味じゃなくて、帰ってきた感じの味」
帰ってきた感じ。
僕はその言葉を、また心の議事録に刻んだ。
ローストビーフは、勝ちにいった料理だ。
牛丼は、生きていく料理だ。
彼女が選んだのは後者だった。
しかも、国産ではない。
オーストラリア産の、特売の切り落とし。
値段ではない。
肩書きでもない。
見栄でもない。
味と、空気と、安心。
この人は、そういう基準で世界を見ている。
詐欺で資産を削った男を切らず、
教室の子どもを心配し、
ローストビーフより牛丼を選ぶ。
素朴、という言葉では足りない。
ちゃんと、生きる人だ。
「私、こういうごはん作れる人、いいなって思う」
その一言で、僕の人生の方向性は決まった。
僕は誓った。
絶対にこの人と結婚する。
そして、彼女の胃袋を満たし続ける。
いや違う。
彼女が安心して帰ってこられる場所を、
作り続ける。
真面目な男は、だいたい壮大な決意をしがちだ。
だがこのときの僕は、本気だった。
牛丼一杯で、
未来が見えた気がした。
そして僕らはまだ知らない。
この穏やかで僕が彼女に惚れ埋まっている、この“日常”を守るために、
ゲーム機の電源を巡って涙の会議が開かれることを。
未来の旦那は、
今日も少しずつ学習している。
たぶん。
読んでいただきありがとうございます。
ローストビーフは“勝ちにいく料理”。
牛丼は“続いていく料理”。
僕はこの日、たぶん人生で一番大事なことを学びました。
ただ――
平穏な日常は、だいたい長く続きません。
現実でも、物語でも。
どこまでが創作で、どこまでが実話か。
それは……まあ、内緒ということで。
次回。
ゲーム機の電源を巡って、未来の旦那は究極の選択をします
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