第1話「運命の解析度は、おしぼりの数で決まる」
はじめまして。
この物語は、
マッチングアプリで出会ってから、なぜか爆速で結婚まで進んでしまった男の話です。
勢いはあります。
計画性はあまりありません。
でも、本人たちはいたって真面目です。
恋愛市場をフリマアプリに例えたり、
おしぼりを積み上げたり、
だいたいそんな感じで進みます。
肩の力を抜いて読んでいただけたら嬉しいです。
それでは、第1話
「運命の解析度は、おしぼりの数で決まる」
どうぞ。
現代の恋愛は、ほぼフリマアプリだ。
写真が商品画像。
年収がスペック表。
趣味が使用感。
親指ひとつで、人の価値が上下する。
そんな市場で、彼女のプロフィールは少し異物だった。
「楽しい時間はたぶん誰とでも作れます。でも私は、しんどい時に支え合える人と出会いたいです」
重い。
婚活界隈の三種の神器は「ポジティブ」「旅行好き」「よく笑います」だ。
そこに“しんどい前提”を投げ込んでくる女。
僕は思った。
(この人、ちゃんとリスク開示している)
そして、いいねを押した。
だが運命はだいたい残業で遅れる。
僕は繁忙期。
彼女も仕事が立て込んでいた。
予定はあるのに、絶妙に噛み合わない。
マッチングから初対面まで一ヶ月。
この時点で消える縁は多い。
でも彼女は消えなかった。
返信が丁寧だった。
句読点が信用できるタイプだった。
初対面は大阪・梅田。
地下街で迷い、同じパン屋を三周した。
二周目で店員に覚えられた。
ようやく合流。
彼女は写真より落ち着いていて、目が強かった。
プロフィールの言葉が、嘘ではない目だった。
会話は自然だった。
仕事の愚痴。
将来の不安。
なぜか異常に盛り上がるカレーの具ランキング。
(これは、いける)
そう思った瞬間、僕の脳が停止する。
次の約束が言えない。
連絡先も聞けない。
商談はできるのに、連絡先が聞けない。
そして僕は言った。
「それじゃあ、また」
“また”っていつだ。
梅田駅の雑踏で、自己嫌悪の像になる。
その夜。
アプリの通知が鳴った。
彼女からだった。
「今日はありがとうございました。またお会いできたら嬉しいです」
救われた。
そこから僕たちは、アプリ内で連絡を取り続けた。
そして僕は気づく。
有料会員の期限が、あと三日で切れる。
延長ボタンを押すかどうか、数分迷った。
押した。
恋は、月額課金制らしい。
二回目は海遊館。
入館前、僕は決めていた。
今日はちゃんと聞く。
水槽の前で固まるより、入口で固まった方がまだましだ。
展示を見終え、帰り道。
観覧車の光が遠くで回っている。
「あのさ」
僕は言った。
「もしよかったら、LINEでやり取りしませんか」
彼女は一瞬、少し驚いた顔をした。
そして笑った。
「はい」
その笑顔は、どこか安心したようにも見えた。
事件はそのあとだ。
帰りのカフェ。
彼女のミルクティーが、重力に忠実に白いコートへ落ちた。
「あ……」
時間が止まる。
お気に入りらしい。
クリーニング代も高そうなやつだ。
彼女の顔が青くなる。
その瞬間、僕は動いた。
「任せて」
ポケットティッシュ全投入。
足りない。
店員に頼む。
隣の席にも頭を下げる。
結果。
机の上に、おしぼりの山。
「叩いて。こすらないで。吸わせる」
どこで覚えたのか分からない知識を総動員する。
スマートさはゼロ。
だが全力だった。
後日、彼女は言った。
「あの時、この人だと思った」
まさかのおしぼり案件。
「絶対もう会ってもらえないと思ったのに、帰り際にまた会おうって言ってくれてうれしかった」
恋愛の解析度は、非常時の行動で決まるらしい。
そして翌日。
「熱が出ました。コロナでした」
展開が忙しい。
僕はここでまた考えすぎる。
――しんどい人に連絡してはいけない。
「返信はいりません。ゆっくり休んでください」
それだけ送って、静かに待った。
三日。
五日。
一週間。
(これ、自然消滅では?)
“支え合うって言葉にひかれていいねしたのに、結局放置する男”
いや違う。これは優しさだ。
たぶん。
そして隔離明け。
「元気になりました。また会えますか?」
……会ってくれるのか。
三回目の帰り道。
京都の四条大橋、夕暮れの河原で、僕は言った。
「付き合ってください」
彼女は少し驚いて、そして笑った。
アプリのいいねから2か月。
ここまでは平均値。
そしてここから爆速、2か月後にはプロポーズしてるとは思わなかった。
でもそれは焦りじゃない。覚悟だ。
そして物事は順調に進まない。
――この後、僕は資産の20%を失う。
それでも。
あの日、机の上に積み上げたおしぼりの数だけ、
僕はこの人と並んで立つと決めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
物語として整えていますが、
描かれている出来事の多くは、実際に体験したものが元になっています。
おしぼりの数も、
梅田で三周したパン屋も、
月額課金に悩んだ夜も。
どこまでが事実で、どこからが脚色かは、
たぶん本人たちしか分かりません。
ただひとつ確かなのは、
あの日、机の上に積み上がったおしぼりの量だけ、
僕は本気だったということです。
次回は、資産が溶けます。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。
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