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第98話:静寂の波紋


親睦武術大会での「無様な逆転勝利」は、多くの観客にとってただの事故として片付けられた。しかし、その歪な結末が落とした波紋は、鋭い観測者たちの間で静かに、そして深く広がっていた。


演習場の控室、リュミエール・セレスティナは一人、手元の記録水晶を何度も見返していた。そこには、アルノーの魔力が暴発し、相手の術式が自壊する「無様な」光景が映っている 。


「……いいえ、あり得ないわ」


彼女の瞳は、爆発の瞬間のさらに先を捉えていた。リュミエールは、あの丘でアルノーの「均整」を一度観測している 。彼女の知るアルノー・ヴァレリウスは、魔力を暴発させるような不器用な男ではない。むしろ、誰よりも「形」の乱れを嫌う男だ 。


「あの瞬間だけ、演習場のすべてのノイズが消えた。あれは自壊ではなく、彼が……」


リュミエールは確信に近い疑念を抱き、控室を後にした。


一方、教職員室でも異変は起きていた。理論担当の老魔導士は、監視院から提出された「失敗の記録」を前に、深い溜息をついた。


「魔力不足による自壊、か。監視院はそう結論付けたようだが、私にはそうは見えん。あれほど基礎陣式の歪みに敏感な少年が、これほど初歩的な制御ミスを犯すものかね」


面談でアルノーの「違和感」を評価した老魔導士にとって、大会でのアルノーの姿は、あまりにも「期待通りの落第生」を演じすぎているように映っていた 。


その夜、灰棟の自室に戻ろうとするアルノーの前に、一人の影が立ちはだかった。監視員ではない。鋭い剣気を放つ、B組の体術上位者、カイル・ローディアスだ。


「……おい、最下位」


カイルはアルノーの胸倉を掴むような勢いで詰め寄った。背後の監視員が記録水晶を向けるが、カイルは構わず吐き捨てる。


「あの試合、何をした。俺の目は誤魔化せねえぞ。お前、わざと負けそうなフリをして、相手の『刻み』をわざと狂わせたな?」


「……何のことでしょうか」


アルノーは無表情に答える。だが、カイルの追求は止まらない。


「お前の動きには『迷い』がなさすぎる。失敗する人間は、もっと醜く足掻くもんだ。だがお前は、爆発が起きる前から、その結果を知っていたような顔をしていた」


監視員の水晶が、アルノーの微かな沈黙を記録する。兄イグノスからの「秘匿せよ」というメッセージが脳裏をよぎる 。


「……カイル。世界は、あなたが思うほど整っていない。私はただ、その不規則さに巻き込まれただけですよ」


アルノーは静かにカイルの横を通り過ぎた。


背後でカイルが舌打ちする音が聞こえる。疑惑の目は、リュミエール、老魔導士、そしてカイルへと、点から線へ繋がり始めていた。


監視という名の重圧の下で、アルノーの「完璧な秘匿」は、その完璧さゆえに、鋭い者たちの好奇心を逆撫でし始めていた。

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