第92話:均等の歪
王立魔導学園、第一会議室。
窓の外では、学園の塔が静かに立っていた。
だが、室内に満ちているのはかつての静謐な学びの空気ではなく、冷徹な「管理」の気配だった。
アルノーは、兄イグノスと監視院の筆頭官と対峙していた。
卓上には、没収された数枚のプレートが並んでいる。
「アルノー。お前のしたことは、国家の術式管理法に対する明白な抵触だ」
イグノスの声は、実の弟に向けるものとは思えないほど事務的だった。
「未登録の魔道具を外部に流布し、ギルドの公的な統計を意図的に狂わせた。本来なら、厳重な処罰が下る案件だ」
アルノーは静かにイグノスの眼鏡の奥を見つめた。
「……狂わせたのではありません。歪みを、本来あるべき形に直しただけです。その方が、事故も減り、無駄な魔力消費も抑えられる」
「その『独自の正解』が、王国の秩序を揺るがすと言っている」
イグノスは一枚の書類を突き出した。
「だが、その成果自体は否定しない。よってお前には、厳重注意と共に、以下の条件を課す」
提示されたのは、プレートの全回収と、今後の開発におけるすべての届け出義務だった。
それは、アルノーの「観測」を常に国家の眼の下に置くという宣告に他ならない。
「……分かりました。僕は、僕の信じる美しさを追究するだけですから」
筆頭官が退出を促し、室内にはヴァレリウス家の兄弟二人だけが残された。
没収されたプレートはすでにケースに収められ、イグノスの手元にある。
「……アルノー。お前の理論は、既存の魔導体系に対する明確な『ノイズ』だ」
イグノスは事務的に、淡々と告げた。
「国家はノイズを嫌う。放置すれば、円の形が歪むからだ。だから私は、お前を王国の管理下に置くことを決めた。これからは、お前のすべての観測、すべての術式構成が記録されると思え」
アルノーは黙って兄の言葉を聞いていた。
イグノスなら、ここで術式そのものを破棄させることもできたはずだ。
だが、兄が選んだのは「監視」という名の存続だった。
「――アルノー。学園へ行く前、私はお前に何と言った」
イグノスの低い声が、アルノーの耳を打つ。
アルノーの脳裏に、屋敷を出る日の記憶が蘇った。
『正しく見るということは、既存の枠に当てはめることではない……そうですね、兄様』
「お前の術式は、まだ脆すぎる。監視の網に捕まる程度の粗があるということだ。……完璧な均整であれば、誰もそれを『異常』とは呼べなくなる。そこまで行け」
それは、管理側の人間としての警告を装った、兄としての「激励」だった。
監視されることで、アルノーの理論はより鋭く磨かれる。
王立の重厚な『重ね』を潜り抜け、それでもなお成立する究極の一本道を引け、という無言の命。
「……承知しました。観測を続けます」
アルノーが深々と一礼する。
イグノスは振り返ることなく、カツ、カツと硬い足音を響かせて部屋を去った。
扉の外へ出ると、学園の廊下にはいつも通りの光が差していた。
だが、周囲を歩く生徒たちの視線は、昨日までとは明らかに違っていた。
監視院の介入、そして「SS」評価の最下位という特異な立場。
アルノーは灰棟への道を歩き出す。
監視という名の「足し算」が世界を覆おうとしても。
自分はその下にある、たった一本の「正しい線」を見逃さない。
「非対称はエレガントではない 」
小さく呟き、彼は歩みを速めた。
完璧な均整へ至るための、二瞬目の観測を始めるために。




