第90話:筆跡の断執
王立魔術監視院の馬車がギルドの前に止まると、周囲の喧騒は波が引くように静まり返った。
石畳を叩く硬い足音。
第一調査室の副官、イグノス・ヴァレリウスが、数名の随行員と共にギルド内へと歩みを進める。
「……これか」
イグノスの視線は、受付横に置かれた『葉脈均整検査プレート』に突き刺さっていた。
彼は手袋をはめた手で、その木板を検分するように取り上げる。
表面に刻まれた、あまりに簡素で、しかし病的なまでに整った溝。
増幅回路を重ねることで威力を高める王立の常識とは真逆の、不純物を削ぎ落とし、ただ「形」の均衡だけで事象を固定する設計。
(……間違いない。この独善的な円は、アルノーのものだ)
イグノスの胸の内に、冷たい苛立ちと、正体の知れない焦燥が混ざり合う。
魔力量Fの、出来損ないのはずの三男。
その弟の手による「未登録の魔道具」が、監視院が管理する王都の統計を塗り替えている。
「副官、鑑定の結果を」
同行した筆頭官の問いに、イグノスは喉の奥で言葉を呑み込み、淡々と告げた。
「……わが家の三男、アルノーの筆跡です。既存の魔導体系に基づかない術式が用いられています。これが現場の統計を不自然に安定させている要因かと」
周囲の冒険者たちが息を呑む。
あの地味な新人が、監視院のエリートの弟であり、国家が動くほどの事態を引き起こした張本人であったという事実に。
「筆頭官。これは単なる規律違反として禁じるより、王国の管理下で『研究対象』とすべきです。この術式の再現性と、既存秩序への影響を測る必要があります」
イグノスはプレートを証拠品として袋に収めた。
「……本人を学園へ戻しましょう。これより、彼の行動と研究は我々の観測下に置きます」
弟を罪人として裁くのではない。
ただ、その「正しさ」を解明し、王国の管理システムという巨大な円の中に閉じ込める。
それが、兄が選んだ最善な処置だった。




