第8話:ほどける輪郭
アルノーが中庭を訪れるのは、すでに日課のようになっていた。
今日もまた、石壁に囲まれた空間の中央に使用人が立っている。
アルノーは少し離れた場所で足を止めた。
声はかけない。
ただ見る。
使用人が静かに息を整え、手を掲げる。
淡い光が生まれた。
昨日よりも安定している。
揺れは小さい。
輪郭も、以前よりはっきりしているように見える。
アルノーは瞬きを忘れていた。
光はゆっくりと形を持ちはじめる。
丸く――なりかける。
そのときだった。
輪郭の一部が、ふっと細くなる。
次の瞬間、そこから静かに裂けた。
音はしない。
ただ、光だけが二つに分かれる。
片方は形を保とうとして、すぐにほどける。
もう片方も、小さく揺れたあと、消えた。
あとには何も残らない。
使用人は手を下ろし、小さく息を吐いた。
「今のは惜しかったな。」
近くで見ていた庭師が言う。
「ええ。形まではよかったのですが……。」
使用人は苦笑した。
「最後で崩れてしまいました。」
庭師は肩をすくめる。
「魔法とはそういうものだ。気にするな。」
そういうもの。
アルノーはその言葉を心の中で繰り返した。
本当に、そうなのだろうか。
彼は、先ほど光が裂けた場所を見つめる。
もし揃っていたなら。
もし均等だったなら。
あんなふうにはならなかった気がする。
けれど、それを確かめる術はない。
アルノーはゆっくりと息を吸った。
胸の奥に、小さな違和感が残っている。
不安ではない。
ただ、どこかが違う。
「若様?」
庭師が気づき、声をかける。
アルノーは少しだけ顔を上げた。
「……いまの、普通なの?」
庭師は迷いなく答える。
「ええ。むしろ上出来な方です。」
アルノーは再び光のあった空間を見る。
何もない。
静かな空気だけがそこにある。
上出来。
その言葉が、うまく胸に収まらなかった。
整いきる前に裂けた輪郭を思い出す。
もう一度見れば、分かるだろうか。
そんな考えが浮かぶ。
だが次の瞬間には、使用人が照れたように頭をかいていた。
「なかなか思う通りにはいきませんね。」
その表情を見て、アルノーは何も言わなかった。
言葉にするほどのことではない気がした。
ただ、覚えておこうと思った。
あの裂け方を。
ほどけていく形を。
やがて使用人たちは片付けを始める。
中庭に静けさが戻る。
アルノーはしばらく立ったまま、何もない空間を見つめていた。
見えなくなっても、形だけがまだそこに残っている気がした。




