第85話:均整陣
下水路の空気は相変わらず重い。
湿気。
反響。
濁った流れ。
松明の火がわずかに揺れる。
アルノーは壁際に膝をついた。
通常の簡易結界陣。
円形。
だが。
水面の揺れに外周が乱れている。
刻みが合わない。
「……外周が広すぎる。」
独り言。
円を削る。
完全円ではなく、わずかに楕円。
湿度の流れに合わせる。
水音と呼吸を揃える。
発動。
光は弱い。
魔力量は増えていない。
だが。
揺れない。
外周が安定する。
下水鼠型の魔物が近づく。
だが踏み込まない。
一歩手前で止まる。
威圧ではない。
位相が合わない。
魔物の刻みと。
魔法陣の刻みが。
微妙にずれている。
掃除班の男が言う。
「今日は静かだな。」
前回よりも数が少ない。
戦闘が減る。
消耗が減る。
帰還後。
副長が報告書を見る。
「負傷者なし。」
「魔物接触、二件。」
眉がわずかに動く。
「先週は七件だった。」
別の依頼記録と照合。
下水依頼の負傷率が下がっている。
偶然ではない。
「陣を変えたな。」
アルノーは頷く。
「湿度と反響に合わせました。」
副長は紙をめくる。
「魔力量は増えていない。」
「はい。」
「だが安定している。」
沈黙。
奥でギルド長が笑う。
「坊ちゃん、何した。」
「形を整えました。」
「整えただけで減るか?」
副長が静かに言う。
「減っています。」
記録を机に置く。
「本来この下水は、F相当の危険度とされていた。」
「小型魔物の発生率が高いためだ。」
「だが現在、G相当の安定度に近づいている。」
ギルド長が腕を組む。
「昇格試験を受けるか?」
アルノーは首を振る。
「まだ不要です。」
「Gが最適です。」
副長が視線を細める。
「なぜだ。」
「刻みの研究には、負荷が一定である方が良い。」
「Gは周期が安定しています。」
沈黙。
ギルド長が笑う。
「欲がねぇな。」
「強くなるより、楽にするか。」
アルノーは答える。
「事故が減れば、皆が楽になります。」
副長が小さく頷く。
「下水依頼の危険度を一段階下げて再評価する。」
紙に印を押す。
G依頼はなくならない。
だが。
形が整った。
弱いまま。
だが。
確実に。
世界の一部を。
均した。




