第84話:濁流の刻み
「下水路清掃補助。Gランク。」
副長が紙を差し出す。
「最近、小型魔物が増えている。」
「掃除班に同行できるか。」
鉄製の蓋を開ける。
湿った臭気が立ち上る。
暗い。
狭い。
学園の結界とは別世界だ。
松明を受け取り、降りる。
水が足首まである。
流れは遅い。
だが濁っている。
前方に掃除班の男が二人。
「学園の坊ちゃんか。」
「足手まといになるなよ。」
返事はしない。
刻みを読む。
水の流れ。
滴る音。
自分の呼吸。
整っていない。
少しずつ合わせる。
突然。
前方で叫び声。
「来た!」
影が飛び出す。
下水鼠型の魔物。
数が多い。
三。
四。
五。
掃除班の一人が噛まれる。
「くそ!」
狭い。
逃げ場がない。
魔力量は少ない。
長期戦は不利。
だが。
来る間隔は一定。
噛みつきは二拍。
跳躍は三拍目。
読む。
「左、次は右から!」
叫ぶ。
掃除班が一瞬迷う。
だが次の瞬間。
左から飛び出す。
的中。
木剣で弾く。
強くない。
だが流れを崩す。
「三歩目で跳びます!」
再び叫ぶ。
三歩。
跳躍。
叩く。
水しぶきが上がる。
だが数が減らない。
囲まれる。
心拍が速い。
刻みが乱れる。
焦るな。
整える。
水の流れ。
足音。
牙の間隔。
揃える。
一瞬だけ。
内部標を広げる。
今。
二匹の動きが重なる。
掃除班の男が叩く。
一匹が沈む。
だが。
背後。
気づいた瞬間。
牙が迫る。
遅い。
避けきれない。
水が跳ねる。
掃除班長の声。
「甘い!」
一撃。
魔物が壁に叩きつけられる。
沈黙。
息が荒い。
掃除班の男が座り込む。
「……助かった。」
掃除半長がアルノーを見る。
「読むのは悪い。」
「だが、読めない瞬間もある。」
アルノーは頷く。
満月は作れた。
だが持続しなかった。
背後の一瞬。
そこが穴だ。
副長が後から降りてくる。
負傷者を確認。
「生存。」
視線がアルノーへ。
「指示は的確だった。」
「だが未熟だ。」
事実。
否定しない。
地上へ戻る。
夜風が冷たい。
初めての恐怖。
演習とは違う。
命の重さ。
刻みは読める。
だが全てではない。
満月は。
まだ不完全だ。
だが。
崩れなかった。
それだけは確かだった。




