第73話:灰の眼
裏庭の静寂は、完全ではなかった。
「……止めたな。」
低い声。
振り返ると、影がいくつも立っている。
灰棟の住人たち。
三年の双子。
四年の理論肌。
そして、ひときわ大きな影。
腕を組んで立っている男。
短髪、広い肩。
「遅い。」
その男が言う。
ルクスが返答する。
「見てたか、ガルド。」
ガルド。
二年生。
昨年、体術総合最高成績。
純粋な体術だけでA組を圧倒した男。
魔術強化を最小限しか使わない。
「王立式も亜人式も使ってねぇな。」
ガルドはアルノーを見る。
「今のは何だ。」
アルノーは息を整える。
「一瞬だけ、均衡を取ります。」
ガルドはゆっくり近づく。
「持続は。」
「二秒未満です。」
「短ぇな。」
即答。
だが笑わない。
「止めたのは事実だ。」
ルクスはただ黙っている。
「だが続かねぇ。」
四年生が口を挟む。
「灰棟は豪華絢爛でも規則正しい場所ではない。」
「尖っている場所だ。」
ガルドは木剣を拾う。
「来い。」
アルノーが構える。
「魔術は使うな。」
「体術だけで受けろ。」
開始。
ガルドの踏み込みは重い。
だが流れではない。
純粋な身体。
筋肉の連動。
無駄がない。
アルノーは受ける。
吹き飛ぶ。
「軽い。」
ガルドが言う。
「弱い。」
ルクスは見守っている。
アルノーは立ち上がる。
「では、どうすれば。」
ガルドは木剣を構え直す。
「まず、倒れねぇ身体を作れ。」
「瞬間均衡は武器だ。」
「だが、武器を振る腕が折れたら意味がねぇ。」
双子が揃って言う。
「演習は持久。」
「一撃で終わらない。」
四年生が壁にもたれる。
「止める式は悪くない。」
「だが止めた後、何をする。」
その問いが、刺さる。
アルノーは月を見る。
半月。
整っているが、未完成。
ガルドが近づく。
「灰棟は逃げ場じゃねぇ。」
「いくらでも磨ける場所だ。」
「一年最後の総合演習、耐え切れる身体を作らないと退学になるぞ。」
ルクスが少し尾を揺らす。
「亜人式の理論は既にわかっているだろうから、流れを教える。」
四年生が言う。
「魔術理論はSSだから問題ないが議論しよう。」
「一人より二人の方が答えが出る。」
双子が笑う。
「逃げ方は俺らが教える。」
貧困寮や差別的な場所ではない。
異端の集積地。
アルノーは木剣を握る。
一瞬の均衡。
それを支える身体。
それを伸ばす理論。
月は欠けている。
だが形は整っている。
ここから、始まる。




