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第72話:一瞬の均衡



灰棟の裏庭。


夜気は冷たい。

石畳に月光が落ちている。


ルクスは壁にもたれていた。


「重ねの裏側を知りたいんだろ。」


アルノーは頷く。


「はい。」


ルクスは木剣を投げる。


「なら、まずは王立式から。」


構える。


アルノーはを取る。


重心は低く、足幅は広い。


「いくぞ。」


ルクスが踏み込む。


速い。


重い。


王立の基礎体術に、魔力を“重ねた”動き。


アルノーは受ける。


だが押される。


二歩。


三歩。


木剣が弾かれる。


「これが王立式だ。」


ルクスが言う。


「厚みで受ける。」


「魔力が足りない。」


アルノーは息を整える。


王立式は持続する。


だが自分の魔力では保たない。


「次だ。」


ルクスは今度は低く構える。


「亜人式。」


踏み込みが違う。


重心が滑るように移動する。


力が一点に溜まらない。


アルノーは受ける。


衝撃が腕を通り抜ける。


止められない。


後退する。


「流れだ。」


ルクスが言う。


「止めるな。通せ。」


アルノーは息を吸う。


亜人式は身体が追いつかない。


では。


木剣を握る。


目を閉じる。


一瞬。


外周を均す。


補助線を整える。


重心を一点に固定する。


踏み込み。


ルクスの一撃が落ちる。


その瞬間。


止まる。


本当に、止まる。


衝撃が消える。


空気が凪ぐ。


月光が揺れない。


ルクスの目が細くなる。


「……ほう。」


だが次の瞬間。


均衡が崩れる。


魔力が尽きる。


外周が揺れる。


押し込まれる。


アルノーは膝をつく。


呼吸が荒い。


「続かない。」


ルクスは木剣を下ろす。


「今のは何だ。」


アルノーは答える。


「私は魔力量が足りないので、魔力の理論を教えてもらいました。」


「この少ない魔力量でも対抗できる手段です。」


「重ねでも、流れでもない。」


ルクスは口角上げる。


「止めたな。」


アルノーは頷く。


「ですが、魔術式の均等を取れるのは対人戦では一瞬です。」


ルクスは空を見上げる。


半月。


「満月も一晩だ。」


アルノーは静かに言う。


「存在することに意味があります。」


沈黙。


ルクスが近づく。


「王立は長く持つ。」


「亜人は長く動く。」


「お前は、一瞬止める。」


アルノーは息を整える。


「今は、それしかできません。」


ルクスは肩をすくめる。


「伸ばせ。」


「一瞬を、二瞬にしろ。」


月は欠けている。


だが形は整っている。


アルノーは立ち上がる。


まだ弱い。


だが確かに、止められた。


世界を。


一瞬だけ。

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