第71話:既に知っているはずの式
アルディウス魔法陣修復工房。
夕方の光が、斜めに机を照らしている。
アルノーはすでに、ここで何度も修復作業をしていた。
王立式の補修。
劣化した結界の縫合。
亜人区の移動陣の再描写。
亜人式も見たことはある。
だが、理解してはいなかった。
今日は違う。
「アルディウス。」
アルディウスは顔を上げる。
「何だ。」
「亜人式は、なぜあの構造なのですか。」
いつもは修復だけをしていた。
今日は、問いを持ってきた。
奥で作業している亜人の少女が、こちらを見る。
アルディウスは静かに笑う。
「今さらか。」
アルノーは頷く。
「王立式と並べて観測したいのです。」
その言葉で、空気が変わる。
アルディウスは紙を広げる。
「王立は重ねる。」
「亜人は流す。」
「それは知っています。」
「では何が知りたい。」
アルノーは少し考える。
「なぜ、家庭教師のヴェルドに教えてもらった式はどちらでもなかったのか。」
その瞬間、アルディウスの目が細くなる。
「ほう。」
「王立でもない。亜人でもない。」
「削るでもない。」
アルノーは続ける。
「観測しているようでした。」
奥の少女が小さく笑う。
「観測は、どちらの味方でもない。」
アルディウスは椅子に深く腰掛ける。
「亜人式は、魔力が少ない前提だ。」
「だから揺れが見える。」
「王立は魔力が多い前提だ。」
「だから揺れを厚みで隠せる。」
アルノーは静かに息を吸う。
「では。」
「両方を同じ条件で観測すれば、違いが見える。」
アルディウスは無言で頷く。
「ようやくそこまで来たか。」
机の上に二枚の羊皮紙を並べる。
「改変するな。」
「まず、そのまま描け。」
「揺れを記録しろ。」
奥の少女が補足する。
「触りすぎると、本来の形が分からなくなる。」
アルノーは深く頷く。
今まで自分は、美しさを求めて均等を取っていたし、
ヴェルドにもそのように教わった。
だが今日は違う。
観測する。
王立式。
亜人式。
そのまま。
「少ない魔力は、悪くない。」
アルディウスが静かに言う。
「揺れが見えるのだからな。」
工房を出るころ、アルノーの中で整理が進んでいた。
家庭教師のヴェルドは否定しなかった。
王立も。
亜人も。
観測せよ、と言った。
灰棟へ戻る途中、ルクスが壁にもたれている。
「顔が変わったな。」
「先輩の知っている亜人式を教えてください。」
ルクスはゆっくり笑う。
「今度な。」
その約束は軽いが、確かだった。
問いは深まった。
だが、まだ答えは出ない。
それでいい。




