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第67話:欠けの記憶

修正しました。

模擬戦の砂が、まだ空気に残っている。


アルノーは木剣を返却し、息を整えた。

肩が鈍く痛む。


一撃は入れた。

だが勝てない。


均衡を取ったはずの動きは、力の前に押し切られる。


「悪くなかった。」


体術教師セラフィナの短い評価。


それだけで十分だった。


振り返ったとき。


視界の端に、白が差す。


A組の制服。

銀の髪。


周囲の空気がわずかに変わる。


リュミエール・セレスティナ。


怪物と呼ばれる少女。


満ちた者。


彼女はまっすぐこちらを見ている。


距離は三歩。


近すぎない。遠すぎない。


「あなた。」


声は静かだった。


「魔術式の均等を取るようなことは、術式の効力を削ることと同じでは。」


ざわめきが走る。


アルノーは否定しない。


「歪みを均しただけです。」


「なぜ重ねないのですか。」


王立の式は重ねる。

重ね、厚みを持たせ、安定させる。


アルノーは答える。


「重ねると、外周が揺れます。」


「揺れは許容範囲です。」


「私は、許容したくありません。」


リュミエールの瞳がわずかに細くなる。


「長く保てない。」


「はい。」


「それでも?」


アルノーは一瞬だけ考えた。


「一瞬なら、完全に近づけます。」


風が吹く。


砂がわずかに舞い上がる。


その言葉に、リュミエールは小さく息を止めた。


「完全。」


その響きを、確かめるように繰り返す。


そして、静かに言った。


「……欠けているものにも、美しさはあります。」


その瞬間。


丘の風が、よみがえった。


まだ名も知らぬ少女が、あのとき言った。


――満月は強すぎる。


――欠けているからこそ、光は柔らかい。


顔は思い出せない。

だが月は覚えている。


アルノーは視線を空へ向けて、言う。


昼の空に月はない。


「私は、満ちた形を信じています。」


はっきりと。


リュミエールは答えない。


ただ、ほんの僅かに、目が揺れる。


「私は、欠けの余白が好きです。」


静かな対立。


だが敵意はない。


「あなたは杖を持っていない。」


唐突に言う。


「はい。」


「なぜ。」


「外から足すと、形が崩れることがあります。」


リュミエールは一瞬、理解したように目を細める。


彼女は足す側だ。


増幅する。

重ねる。

満たす。



均す。

整える。

美しく。


正反対。


だが。


彼女の胸の奥で、何かが静かに鳴る。


この少年は弱い。


魔力も、体術も。


だが、式だけは濁らない。


揺れない。


欠けているのに、芯がある。


「どちらが美しいのでしょう。」


彼女は問う。


アルノーは答えない。


まだ、答えを持たない。


「分かりません。」


正直な言葉。


リュミエールは、ほんのわずかに笑った。


それは勝者の笑みではない。


興味。


「また、見せてください。」


そう言い残し、背を向ける。


銀の髪が揺れる。


去り際。


ほんの一瞬だけ。


彼女は思った。


――あの丘の少年だったのだろうか。


確信はない。


だが、月の話をする者は少ない。


アルノーもまた、思う。


――あの声は、彼女だったのか。


確信はない。


だが、欠けを肯定する瞳は似ていた。


二人は振り返らない。


まだ名を呼び合う関係ではない。


だが。


満ちる者と、整えようとする者。


その交差は、静かに始まった。


空には月はない。


だが、見えないところで満ち欠けは続いている。

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