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第65話:杖を持たない影



灰棟の食堂は、いつもより静かだった。


夕飯の湯気がゆらぐ。


ガルドが肉をかじる。


「お前、今日また悪目立ちしていると噂に。」


「杖なしだって?」


アルノーは頷く。


「相性が悪いのです。」


ガルドが笑う。


「変わってんな。」


ラディスは本を閉じる。


「理論上は可能だ。」


「だが効率も出力も落ちる。」


「落ちないように工夫しています。」


アルノーは言う。


「増幅が過剰になります。」


ラディスが目を細める。


「亜人式か。」


それだけ言う。


そのとき。


ルクスが入ってくる。


静かな足音。


一定。


食堂に入る。


腰に杖はない。


アルノーは一瞬だけ視線を落とす。


ない。


持っていない。


ガルドが言う。


「ルクス、お前は?」


「杖持ってねえよな。」


ルクスは椅子に座る。


「要らん。」


短い。


ラディスが口を挟む。


「獣人は身体強化が主だろう。」


「増幅は不要か。」


ルクスは答えない。


ただ、淡々と食事を始める。


アルノーは静かに見る。


あの魔力。


均一。


揺れが少ない。


杖を必要としない。


「……杖を使うと魔術が乱れますか。」


思わず聞いてしまう。


食堂の空気が止まる。


ルクスの金の瞳が、ゆっくり向く。


「崩れはしない。」


低い声。


「だが、濁る。」


濁る。


その言葉に、アルノーの胸が反応する。


「純度が落ちる。」


ルクスは続ける。


「外部媒介は混じる。」


混じる。


アルノーの式も同じだ。


杖は増幅する。


だが流れが乱れる。


ラディスが鼻を鳴らす。


「理論的には理解できる。」


「だが王立学園では少数派だ。」


ルクスは淡々と食べ続ける。


「王立学園は安定を好む。」


「だが安定は鈍い。」


静かに言う。


ガルドが笑う。


「また難しい話か。」


だがアルノーは理解する。


安定は重ねる。


重ねれば濁る。


だが、均等を取れば安定すると知っている。


ルクスの魔力は澄んでいる。


整いすぎている。


アルノーは小さく言う。


「……美しい。」


ルクスの耳がわずかに動く。


「変わった奴だ。」


食堂の灯りが揺れる。


白塔の光は遠い。


灰棟は静かだ。


杖を持たない二人。


偶然ではない。


だが理由は違う。


アルノーは乱れるから持たない。


ルクスは濁るから持たない。


だが。


どちらも“内側で完結している”。


その事実が、どこか重なる。


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