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第5話:言葉の端



夕方の書庫は、昼とは少し違う顔をしていた。


窓から差し込む光は傾き、棚の影が長く伸びている。埃は金色に照らされ、ゆっくりと沈んでいった。


アルノーは机に向かい、古い本を開いていた。


あの図の載った本だ。


何度も見返しているはずなのに、視線は自然と頁の中央に引き寄せられる。

円。

等しく引かれた線。

偏りのない配置。


見ていると、時間の感覚が薄れていく。


「若様。」


背後から、控えめな声がした。


振り向くと、じいやが静かに立っている。いつものように、そこにいるのが当たり前のような佇まいだった。


「もう夕刻でございます。」


アルノーは頷き、本に栞を挟む。


「これ。」


そう言って、開いていた頁を指差した。


「揃ってる。」


じいやは近づき、図を一目見ると、小さく息を吐いた。


「懐かしい形ですな。」


「知ってるの?」


「ええ。昔は、このような図を好む学者がおりました。」


アルノーは少し首を傾げる。


「どうして?」


じいやは少し考える素振りを見せ、それから答えた。


「さあ……理由を言葉にするのは、難しいものです。」


間を置いて、続ける。


「ただ、整っているものは、見やすい。扱いやすい。そういうものです。」


アルノーは図に視線を戻した。


「落ち着く。」


ぽつりと、独り言のように言う。


じいやは否定しなかった。


「ええ。乱れているよりは、よほど。」


それだけだった。


教えるでもなく、諭すでもない。


まるで、昔からそうであったかのような口ぶり。


アルノーはしばらく黙っていた。


月の欠けた形。

庭の石のずれ。

そして、この揃った図。


頭の中で、それらが静かにつながっていく。


「……全部、同じだ。」


小さな声だった。


じいやは、聞こえなかったふりをした。


「そろそろ戻りましょう。冷えてまいります。」


アルノーは椅子から降り、本を閉じる。


だが、視線はまだ図の余韻を追っていた。


「ねえ、じいや。」


「はい。」


「揃っているのって、いいことだよね。」


問いというより、確かめだった。


じいやは歩みを止めずに答える。


「少なくとも、困ることは少のうございます。」


それ以上は言わない。


アルノーも、それ以上は聞かなかった。


二人は書庫を後にする。


扉が静かに閉まり、室内の影と光が切り離される。


廊下を歩きながら、アルノーは何度も、あの図の形を思い出していた。


まだ名前もない。

ただ、揃っているというだけの形。


けれどそれは、確かに彼の中に残っていた。


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