第57話:外勤許可
灰棟の朝は静かだ。
白塔の鐘が遠く鳴る。
アルノーは学園事務局へ向かった。
「外勤許可申請です。」
窓口の職員は書類を受け取る。
「学業に支障が出なければ問題ない。」
王立は実務を否定しない。
むしろ奨励している。
「場所は?」
アルノーは紙を差し出す。
王都旧区・アルディウス魔法陣修復工房
職員が眉を上げる。
「珍しいな場所だな。」
「構いません。」
理論を磨ける。
それだけで十分だ。
許可印が押される。
外勤は週三日、夕刻。
正式に王立の管理下で働くことになる。
旧区は王都の端にある。
石畳は歪み、建物は古い。
工房の扉は重い。
中は静かだった。
壁には古い魔法陣の拓本。
円が多い。
だがどれも微妙に歪んでいる。
「見学か。」
低い声。
奥から現れたのは、痩せた老男だった。
片目に眼帯。
白衣は古い。
「王立魔導学園の学生です。」
「事前に学園から話は聞いている。」
老男の目が光る。
「……面白い。」
「私はアルディウス。」
「元王立研究員だ。」
さらりと言う。
「今は王立研究員の管理外の陣式を修復している。」
アルノーは壁を見る。
古い魔法陣。
歪みが少ない。
古いはずなのに。
静かで、均等が取れている。
「……美しい。」
思わず呟く。
アルディウスが振り向く。
「それが分かるか。」
「はい。」
「古い亜人式だ。」
その言葉に、空気が変わる。
「戦争以前の構造。」
「無駄が少ない。」
アルノーは近づく。
線の間隔。
符号の角度。
流れの均一さ。
ノイズが少ない。
魔力が少なくても、効率が良い。
「……なぜ廃れたのですか。」
アルディウスは淡く笑う。
「政治だ。」
短い。
「理論の優劣ではない。」
工房の奥から、別の姿が見える。
角のある少女。
亜人だ。
こちらを警戒している。
「ここは亜人区に近い。」
アルディウスが言う。
「王立学園は平等だが、街は違う。」
アルノーは壁の陣式を見続ける。
整っている。
だが王立学園では教えない形。
「働くか。」
老研究員が言う。
「魔力は要らん。」
「観察と修正だ。」
アルノーは頷く。
魔力が少ない。
それは弱点だ。
だが。
この工房では、違う。
旧い陣式の中に、静かな均衡がある。
王立学園が“作った秩序”とは違う。
もっと自然な形。
もっと。
月のように。
アルノーは思う。
――世界は美しくできているはずだ。
その証拠が、ここにあるのかもしれない。




