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第45話:基礎陣式



体術試験の余韻は、すぐに消えた。


広場のざわめきは次の種目へ流れていく。


「理論試験会場へ移動!」


係官の声。


深紅の外套の少年がすれ違いざまに言う。


「量も足りん。体も弱い。」


薄い笑み。


「机の上でくらいは戦えるといいな。」


アルノーは何も言わない。


ただ歩く。


石造りの校舎。


長い廊下。


高い天井。


窓から差す光が床に幾何学を描いている。


教室に入る。


中央に大きな魔法陣が描かれている。


白い石床。


円。


放射線。


補助線。


刻印。


――そして。


「……歪んでいる。」


思わず、声が出た。


周囲の受験者が振り向く。


試験官の老魔導士が眉を上げる。


「何だね?」


アルノーはしゃがみ込む。


指で床をなぞる。


冷たい。


「半径が、右だけ〇・三ほど長い……」


教室が静まり返る。


体術で負けた少年。


魔力量が低い三流貴族。


その少年が、床を見ている。


「そこまで分かるのか?」


老魔導士が呆れたように言う。


アルノーは顔を上げる。


「分かるというより、気持ち悪いのです。」


自然に、言葉が続く。


「非対称はエレガントではありません。」


教室の空気が変わる。


誰かが小さく笑う。


「魔法は芸術ではない。」


老魔導士が言う。


「多少のズレなど誤差だ。」


アルノーは魔法陣を見る。


補助線の交点。


刻印の角度。


符号の間隔。


ノイズ。


理由は説明できない。


だが分かる。


この陣は、もっと美しいはずだ。


「……修正してもよろしいでしょうか。」


ざわめきが走る。


体術で敗れた少年が。


魔力量が低い少年が。


試験陣に手を加えようとしている。


老魔導士は肩をすくめる。


「時間は減るぞ?」


「構いません。」


白墨を取る。


円周の一部を消す。


描き直す。


補助線の角度を揃える。


刻印の間隔を微調整する。


誰も気づかない差。


だが彼には、世界の軸ほど重大な差。


魔力を流す。


――瞬間。


光が走る。


静かに。


滑らかに。


炎が一点に現れる。


揺れない。


老魔導士の眉が動く。


「……妙だな。」


魔力消費が、明らかに少ない。


「何をした?」


アルノーは首を傾げる。


「歪みを正しただけです。」


沈黙。


教室の空気が、わずかに変わる。


体術で負けた少年。


魔力量が低い少年。


だが今。


その視線だけは、誰よりも鋭い。


老魔導士がゆっくりと問う。


「君、名前は?」


「アルノー・ヴァレリウスです。」


三流貴族の三男。


だが。


その日、初めて。


教室の何人かが、彼を正面から見た。


世界は均等が取れていない。


だが。


美しいと信じている。


アルノーは魔法陣を見下ろす。


まだ削れる。


もっと静かにできる。


もっと、美しく。

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