第44話:一撃だけ
「始め!」
声と同時に、深紅の少年が踏み込んだ。
速い。
迷いがない。
木剣が一直線に振り下ろされる。
重い。
純粋な体格と鍛錬の差。
アルノーは受け止める。
腕に衝撃が走る。
重い。
二撃目。
横薙ぎ。
足運びが鋭い。
退く。
退く。
観客のざわめき。
「終わりだ。」
誰かが呟く。
深紅の少年が笑う。
「無様を晒すなよ。」
踏み込み。
今度は突き。
アルノーの視界が狭まる。
だが。
右肩が下がる。
踏み込みの前に、ほんの一瞬、足が止まる。
癖。
アルノーは半歩だけ内に入る。
振り下ろされる剣をわずかに外し、
木剣を相手の脇腹へ滑り込ませる。
乾いた音。
結界が一瞬、反応する。
「有効打!」
係官の声。
ざわめきが変わる。
深紅の少年の目が見開かれる。
驚き。
ほんの一瞬。
だが。
次の瞬間。
重い一撃がアルノーの肩に落ちる。
遅れた。
受けきれない。
体勢が崩れる。
踏み込みが追いつかない。
連撃。
腹部。
足。
視界が揺れる。
地面が近づく。
「有効打、確認!」
別の係官の声。
試験終了。
結界が静かに解ける。
アルノーは膝をついたまま息を整える。
深紅の少年が剣を肩に担ぐ。
「運が良かったな。」
口元に皮肉な笑み。
一歩近づく。
声は小さい。
周囲には聞こえない。
「だがな。」
剣先で地面を軽く叩く。
「三流貴族が体術の先生の雇う金もなかったか。」
勝者の余裕。
認めてもいない。
ただ、事実を述べる声音。
アルノーは立ち上がる。
悔しさはある。
だが、それ以上に。
踏み込みの重さ。
呼吸の速さ。
自分の遅れ。
「無様に落ちることはできない…」
小さく呟く。
係官が記録をつける。
「双方、有効打あり。評価対象。」
勝敗ではない。
素質を見る試験。
深紅の少年は背を向ける。
「次は理論だ。」
振り返らずに言う。
「そこでも無様を晒すなら、今すぐ、家のためにも帰れ。」
去っていく背は、揺るがない。
アルノーは空を見上げる。
腕は痛む。
体は重い。
だが。
一撃は入った。
量ではない。
力でもない。
“見ること”で。
じいやが近づく。
「坊ちゃま。」
声は変わらない。
アルノーは小さく頷く。
「このまま帰ることはできない。」
結界の向こうで、次の試験が始まる。
まだ続く。




