第39話:導きの終わり
朝は、あまりにも静かだった。
鳥の声だけが遠くにある。
アルノーは違和感で目を覚ました。
いつもなら、この時間には微かに気配がある。
廊下を歩く音。
紙をめくる音。
あるいは、ただそこに立っている気配。
それがなかった。
部屋を出る。
使用人と目が合った。
「先生を見かけなかったか。」
尋ねると、使用人は首を振る。
「今朝から、お姿が……」
言葉を濁す。
アルノーは家庭教師の部屋へ向かった。
扉は閉じている。
ノックをする。
返事はない。
開ける。
中は、整いすぎていた。
寝具に乱れがない。
机にも埃一つない。
生活の痕跡が、ほとんど残っていなかった。
まるで最初から、誰も使っていなかったかのように。
机の上に、一枚の紙だけが置かれている。
手に取る。
見慣れた、無駄のない筆跡。
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美しすぎたものを疑え。
欠けを恐れるな。
お前が見る美しいと信じた世界を、最後まで見届けろ。
満ちた月ほど、影は深い。
――ヴェルド
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読み終えても、意味は分からなかった。
整いすぎたもの。
満ちた月。
影。
どれも掴めない。
だが、不思議と動揺はなかった。
予感があったのかもしれない。
あの人は、いつかいなくなると。
廊下に出ると、朝の光が差している。
均一ではない。
だが、崩れてもいない。
ヴェルドはもういない。
教えてくれる者はいない。
それでも。
アルノーは空を見上げる。
欠けた月は、もう見えない時間だった。
「……見届けろ、か。」
小さく繰り返す。
答えはない。
だが、進む方向だけは示されている気がした。
机に向かう。
紙を広げる。
線を引く。
わずかに歪む。
修正する。
整える。
完全にはならない。
それでも、保つ。
導きは終わった。
ならば、自分の目で見るしかない。
来季、境界を越える。
そのとき、何が見えるのか。
まだ知らないまま。




