第3話:揃った形
昼下がりの書庫は、ほとんど使われていなかった。
背の高い本棚が規則正しく並び、差し込む光の中で細かな埃がゆっくりと漂っている。人の気配は薄く、時間だけが静かに積もっているようだった。
アルノーは棚の間を歩いていた。
特に読みたい本があったわけではない。ただ、この場所は落ち着いた。
並んだ背表紙。揃えられた高さ。乱れのない列。
見ているだけで、胸の奥が静かになる。
指先で一冊の本を引き抜く。
少しだけ重い、古い本だった。
机の上に置いて開くと、紙の乾いた音がした。
文字を追っていたアルノーの視線が、途中で止まる。
頁の中央に、図が描かれていた。
円だった。
その内側に、同じ長さの線がいくつも引かれている。どこから見ても偏りがなく、静かに整っている形だった。
アルノーは無意識に指でなぞる。
途切れない線。
ずれのない交わり。
しばらく見ていると、不思議と呼吸がゆっくりになった。
「……きれいだ。」
小さな声が漏れる。
なぜそう思うのかは分からない。
ただ、欠けたところがどこにもないように見えた。
そのとき、背後で控えめな足音がした。
「若様、その本は古いものにございます。」
振り返ると、じいやが立っていた。
「読めるのか?」
「ええ。ですが、ずいぶん昔の学者が記したものです。図形について書かれた本だったかと。」
アルノーはもう一度頁を見る。
「揃ってる。」
じいやは静かに頷いた。
「整った形は、人の目に心地よく映るものです。」
アルノーは少し考えたあと、ぽつりと言う。
「見てると、落ち着く。」
それ以上の言葉は出てこなかった。
なぜ落ち着くのか。
どうして形が揃っていると安心するのか。
まだ分からない。
ただ、その頁を閉じる気にはなれなかった。
窓の外では風が枝を揺らしている。だが書庫の中だけは、まるで切り離されたように静かだった。
アルノーは椅子に座り直し、もう一度図を見つめる。
気づけば、さきほどまで胸に残っていた月の欠けた形は、どこかへ遠のいていた。




