第38話:名を記す日
昼の光が廊下をまっすぐに伸びていた。
石壁に差すその影は、わずかに歪んでいる。
だが崩れてはいない。
アルノーは歩いていた。
中庭では長兄が家臣と話し、
遠くでは次男が王都への準備を進めている。
それぞれが、それぞれの形に向かっている。
自分だけが、まだどこにも属していない。
執務室の扉が開く。
「来季の試験だ。」
父が言う。
机の上には王立学園からの正式な案内状。
封蝋には円環の紋章。
逃げ場のない決定。
「準備は進んでいるな。」
問いではない。
確認だった。
「はい。」
父は頷く。
それ以上は言わない。
期待も、不安も。
家として送り出すだけだ。
アルノーは案内状を手に取る。
そこには整然と記されている。
――王立学園入学試験
――受験者:アルノー・ヴァレリウス
自分の名が、そこにあった。
不思議な感覚だった。
家の三男としてではなく。
兄の影でもなく。
ただの「受験者」として。
廊下に出ると、ヴェルドが立っていた。
「決まったか。」
「はい。来季です。」
ヴェルドは短く頷く。
「逃げ場はないな。」
その言い方に責めはない。
ただ、事実。
「行く理由は分かっているか。」
アルノーは少し考える。
「測るためです。」
ヴェルドはわずかに目を細める。
「何を。」
「自分の見方が、どこまで通じるかを。」
沈黙。
風が廊下を抜ける。
「なら行け。」
それだけだった。
その夜。
机の上に紙を広げる。
魔法陣を描く。
線は以前より迷いが少ない。
非対称でも崩れない形。
魔物を思い出す。
長兄の剣を思い出す。
次男の言葉を思い出す。
形は一つではない。
だが保てるかどうか。
それがすべて。
ふと、机の端に置かれた杖に視線を落とす。
手に取らない。
代わりに魔力を直接流す。
光が立つ。
揺れない。
均等が取れている。
窓の外に月が浮かんでいる。
完全ではない。
だが確かにそこに在る。
アルノーは小さく息を吐く。
来季。
境界を越える日が、決まっている。
急ぐ必要はない。
だが、止まる理由もない。
自分の名で。
自分の形で。
王立学園へ。




