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第37話:それぞれの形



朝の光が中庭に落ちていた。


石畳の一つ一つを、均等に照らしている。


アルノーは足を止めた。


長兄が木剣を振っている。


速さはない。


だが、軌道に一切の乱れがなかった。


振り下ろし。

踏み込み。

引き。


すべてが、同じ幅の線をなぞる。


完成に近い動きだった。


長兄は気配に気づき、剣を止める。


「早いな。」


「目が覚めましたので。」


長兄は小さく頷く。


「見るか。」


再び構える。


振る。


風が短く鳴る。


アルノーは無意識に口にしていた。


「……整っています。」


長兄がわずかに目を細める。


「そう見えるか。」


どこかで聞いた響きだった。


剣を下ろし、息を整える。


「学園では、多くの者が力を求める。」


静かな声。


「だが最後に残るのは、形を保てる者だ。」


形。


この家が重んじているもの。


「お前は剣を持たないのか。」


責める響きはない。


「師がいませんので。」


長兄は頷く。


それ以上は言わない。


そのとき。


「相変わらず真面目だな、兄上。」


軽い声が庭に落ちる。


振り向くと、次男が立っていた。


整った身なり。


力みのない立ち姿。


魔力の気配が、静かにまとまっている。


長兄が言う。


「起きていたか。」


「もうすぐ王都に行く身ですから。」


次男は肩をすくめる。


アルノーを見る。


「来季だったな、試験。」


「はい。」


次男は小さく笑う。


「俺は卒業だ。」


その言葉に誇りはない。


ただ、決まった未来を告げる声音。


アルノーは尋ねる。


「宮廷魔術師に?」


次男は首を振った。


「いや。王立魔術監視院だ。」


聞き慣れない名だった。


「王都の結界管理と、闇魔術の監視をする。」


さらりと言う。


だが、それがどれほど重要な役目かは伝わってきた。


「綻びを探す仕事だよ。」


次男は続ける。


「つまらん仕事さ。」


アルノーの脳裏に、昨夜の結界に触れた魔物がよぎる。


崩れない均衡。


「世界はな。」


次男がふっと息を吐く。


「思っているより脆い。」


静かな言葉だった。


長兄が口を開く。


「家は、私が継ぐ。」


迷いのない声。


「次男は国に出る。」


自然な流れのように言う。


そして視線がアルノーに向く。


「お前は——」


わずかな間。


「まだ形がない。」


否定ではない。


観測だった。


だが次男がすぐに笑う。


「形がないなら、どこにでもなれる。」


軽く言っただけのようでいて、妙に真っ直ぐだった。


長兄が続ける。


「形のないものは、崩れようがない。」


風が庭木を揺らす。


三人の間を、静かに通り抜けた。


次男がアルノーを見る。


少しだけ真顔になる。


「お前は、国ではなく——」


そこで言葉を切る。


小さく笑った。


「いや、やめておこう。」


だが次の言葉だけは、はっきり落ちた。


「崩れるなよ。」


長兄と同じ言葉だった。


意味は、少し違って聞こえた。


次男は踵を返す。


「結界は、崩れないことに意味がある。」


背を向けたまま言う。


「派手である必要はない。」


そのまま去っていく。


長兄も木剣を手に取り、再び振り始めた。


一定の軌道。


揺るがない形。


アルノーは空を見上げる。


雲がゆっくりと形を変えている。


完全な形など、どこにもない。


それでも。


保たれている。


家を継ぐ者。


国を支える者。


そして——


まだ形を持たない自分。


机に向かいたくなった。


線を引く。


整える。


保つ。


いつか、自分の形が生まれるのだろうかと考えながら。


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