第32話:積み上がったもの
気づけば、季節がひと巡りしていた。
書庫の壁際には、紙の束がいくつも積まれている。
描き損じたもの。
途中で破棄したもの。
そして、わずかに形になり始めたもの。
床には淡い焦げ跡が残っていた。
魔力が暴れた名残だ。
アルノーは紙を一枚取り上げる。
線は以前よりも細い。
無駄がない。
魔力を流す。
光が立つ。
揺れない。
五秒。
六秒。
やがて静かに消える。
アルノーはただ頷いた。
驚きはない。
それが当然であるかのように、次の紙へ手を伸ばす。
机の端には杖が置かれていた。
薄く埃をかぶっている。
手に取ることは、もうなかった。
「……随分と増えたな。」
声がした。
振り向くと、ヴェルドが立っている。
いつからいたのか分からない。
アルノーは紙の山を見下ろす。
「まだ足りません。」
ヴェルドは小さく目を細めた。
否定もしない。
褒めもしない。
ただ一枚の陣を拾い上げる。
「魔力の揺れが減った。」
それだけ言った。
アルノーは少しだけ考える。
意識したことはない。
ただ、暴れない場所を探し続けただけだ。
「来季だな。」
ヴェルドが紙を戻す。
アルノーは頷いた。
学園の入学試験。
まだ遠いと思っていたものが、気づけばすぐそこにある。
扉がノックされた。
入ってきたのは長兄だった。
室内を見渡し、わずかに眉を上げる。
「……これは全部、お前が?」
「はい。」
長兄は足元の紙束を避けながら歩く。
机の杖に気づき、指で軽く叩いた。
「使わないのか。」
アルノーは首を振る。
「必要ありません。」
長兄は少し黙る。
それから、静かに言った。
「来季は試験だぞ。」
視線がアルノーの手元へ落ちる。
剣の痕など、一つもない。
「剣を持たなくていいのか。」
責める声ではない。
ただ、確かめるように。
アルノーは少し考える。
剣。
握ったことは、ほとんどない。
「……まだ、その形が見えません。」
長兄は目を細めた。
理解したわけではない。
だが、それ以上は言わなかった。
「父上は何も仰らないのか。」
「特には。」
期待されていない。
その事実は、もう重くはなかった。
長兄は小さく息を吐く。
「好きにやれ、か……」
独り言のようだった。
去り際、ふと立ち止まる。
「無茶だけはするな。」
それだけ残して、部屋を出ていった。
静けさが戻る。
ヴェルドがぽつりと言う。
「持たぬ形も、様になってきた。」
アルノーは紙を見つめる。
整えるのではなく。
収め、均等を取る。
揺らぎに、居場所を与える。
まだ完全ではない。
それでも。
一年前の自分とは、明らかに違っていた。
窓の外に目を向ける。
昼の空は澄み渡っている。
夜になれば、月が昇るだろう。
満ちることはなくとも。
変わらず、そこに在る光が。




