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第29話:整っている人



その日の夕食は、穏やかな静けさがあった。


食器の触れ合う小さな音だけが、規則正しく続いている。


アルノーは向かいの席に座る次男を見ていた。


相変わらず、整った人だと思う。


姿勢も、所作も、無駄がない。


昼の光の中に立つと、影まで薄く見えるような人だった。


次男がふと顔を上げる。


視線が合った。


「どうした。」


声は柔らかい。


アルノーは少しだけ迷ってから答えた。


「……別に。」


次男は小さく笑う。


それ以上は追わない。


沈黙が戻る。


やがて、次男が言った。


「魔術の家庭教師が来ているそうだな。」


アルノーの手がわずかに止まる。


「じいやから聞いた。」


長兄は何も言わない。


ただ食事を続けている。


「どうだ。」


短い問いだった。


アルノーは考える。


変な人だった、という言葉が浮かぶ。


「……よく分からない。」


正直にそう言った。


次男は少しだけ目を細める。


「らしいな。」


どこか楽しんでいるようにも見える。


「魔法陣を見てもらったのか?」


アルノーは頷く。


「揃えすぎだって言われた。」


次男の口元がわずかに緩む。


「面白いことを言う。」


しばらくして、ふと思い出したように続けた。


「後で見せろ。」


食事が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


書庫に戻ると、次男が後から入ってくる。


机の上の紙を見つけ、足を止めた。


描きかけの魔法陣。


次男は無言でそれを眺める。


沈黙。


やがて、小さく息を吐いた。


「……まだこんな面倒なことを考えているのか。」


否定ではない。


ただの感想だった。


アルノーは少しだけ身構える。


だが次男は続ける。


「嫌いじゃないがな。」


意外な言葉だった。


次男は椅子を引き、腰を下ろす。


「貸せ。」


紙を指で叩く。


「俺にも試しにやらせてみろ。」


アルノーは戸惑う。


「でも——」


「いいから。」


軽い調子だった。


鉛筆を持つ手に迷いはない。


線が引かれる。


整っているわけではない。


むしろ少し粗い。


それでも、どこか躊躇がなかった。


描き終えると、次男はそれを床に置く。


指先を向ける。


魔力が流れる。


瞬間、光が立ち上がった。


強い。


輪郭がぶれない。


三秒。


四秒。


まだ保っている。


アルノーは息を止める。


やがて光は静かに消えた。


次男は肩を竦める。


「こんなものか。」


軽く言う。


難しそうには見えなかった。


アルノーは自分の陣を見る。


整っている。


だが、さっきほど保たない。


胸の奥に、小さなざわめきが生まれる。


次男はそれに気づいていないようだった。


紙を机に戻し、立ち上がる。


「魔術はな。」


振り返らずに言う。


「使えればいい。」


少し間を置く。


「形にこだわりすぎるな。疲れるぞ。」


アルノーは何も答えない。


次男は扉へ向かう。


そこで、ふと思い出したように足を止めた。


「まあ。」


わずかに振り向く。


「お前は好きにやれ。」


声は静かだった。


「俺みたいになるなよ。」


冗談のように言って、部屋を出ていく。


足音が遠ざかる。


書庫に静けさが戻った。


アルノーは床の光が消えた場所を見る。


同じ魔法陣。


それなのに、結果は違った。


理由は分かる。


魔力量だ。


だが——


それだけだろうか。


机の上の線を指でなぞる。


整えること。


使えること。


どちらが正しいのか、まだ分からない。


それでも一つだけ、はっきりしている。


次男は迷っていなかった。


魔法陣を書くことが目的ではなく、魔法を使うことを目的としているように。

それはきっと、学園という場所が求める在り方なのだろう。

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