第28話:月光
その日の授業は、いつもより早く終わった。
ヴェルドがふいに言ったのだ。
「外へ出るぞ。」
理由は告げない。
アルノーは黙って後に続いた。
屋敷の裏手を抜け、小さな丘へ向かう。
草が夜露を含み、足音を吸い込んでいた。
やがて視界が開ける。
空には、月があった。
完全ではない。
右側がわずかに欠けている。
アルノーはしばらくそれを見上げた。
「満ちていないな。」
思ったままを口にする。
欠けた月を見上げながら、アルノーは首を傾げた。
「やっぱり、満ちた月の方が綺麗だと思う。」
迷いはなかった。
揃った形。
欠けるところのない円。
見ているだけで、胸の奥が静かになる。
ヴェルドはしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく頷く。
「……そうか。」
それだけだった。
否定もしない。
肯定もしない。
沈黙が落ちる。
風が草を揺らした。
少し遅れて、ヴェルドが口を開く。
「強い光ほどな。」
低い声だった。
「人は目を離せなくなる。」
アルノーは月を見る。
確かに、視線が引かれる。
「だが——」
わずかな間。
「魅入られるな。」
その言葉は静かだった。
脅す響きはない。
ただ、古い事実を置くように。
アルノーは眉を寄せる。
「魅入られる?」
ヴェルドは答えない。
代わりに立ち上がる。
「行くぞ。」
それだけだった。
帰り道、アルノーは何度も振り返った。
欠けた月ではない。
まだ見ぬ、満ちた月を思い浮かべながら。




