第25話:重さの理由
ヴェルドが帰ったあと、書庫には静けさが戻っていた。
いつもと同じ場所。
同じ机。
同じ紙。
それなのに、どこか違って見える。
アルノーは描きかけの魔法陣を見下ろした。
——揃えすぎだ。流れが詰まる。
先生の言葉が、まだ残っている。
鉛筆を持つ。
しばらく考え、外周の線をほんのわずかだけ薄くした。
揃えないためではない。
重くしないためだ。
描き終える。
前より、少しだけ静かに見えた。
床へ置く。
指先を中心へ向ける。
意識を流す。
光が生まれる。
揺れは小さい。
だが——
二秒ほどで、細く途切れた。
アルノーは動かない。
失敗ではない。
けれど、足りない。
「……重いのか。」
小さく呟く。
整えているつもりだった。
それでも、どこか滞る。
もう一度、陣を見る。
形は前より良いはずだ。
それなのに、長く保てない。
理由が分からない。
分からないまま、視線だけが線を辿る。
「若様。」
振り向くと、じいやが立っていた。
「先生はいかがでしたか。」
少し考える。
答えに迷う。
「……変な人だった。」
正直に言う。
じいやは微かに笑った。
「ですが、嫌ではなかったご様子。」
アルノーは頷く。
それが不思議だった。
否定されたわけではない。
だが、見ている場所が違う気がした。
「形は飾りじゃないって言ってた。」
じいやは静かに聞いている。
「動かすためのものだって。」
言葉にしてみると、まだ掴めない。
それでも、どこか引っかかる。
アルノーは陣を消す。
床に残る微かな跡。
整っていたはずの形が、指先で簡単に崩れる。
「……もっと軽くできるのかな。」
誰に向けたでもない言葉だった。
じいやは少しだけ間を置き、言う。
「形には、それぞれの役目がございます。」
それ以上は語らない。
いつものように。
アルノーは新しい紙を広げる。
すぐには描かない。
ただ、考える。
整えることと、動かすこと。
同じようで、少し違う。
その違いが、まだ見えない。
窓の外では風が吹いていた。
枝は揺れている。
揃ってはいない。
それでも、重くは見えなかった。
アルノーはしばらくそれを見ていた。
理由は分からない。
だが——
形には、まだ知らない見方がある。
そんな気がしていた。




