第23話:甘くはない
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夕方の訓練場は静まり返っていた。
踏み固められた土の上に、長い影が伸びている。
アルノーは端の石に腰を下ろし、地面に引かれた細い線を見ていた。
何度も踏み込みが繰り返された跡。
揃っている。
それだけで、どこか落ち着いて見える。
「ここにいたか。」
長兄だった。
剣は持っていない。
訓練のあとの静かな気配だけをまとっている。
「うん。」
短い返事。
兄はアルノーの隣に立ち、同じように地面を見る。
「学園を受けるそうだな。」
アルノーは頷く。
少しだけ間があって、兄は言った。
「甘くはない。」
静かな声だった。
脅しではない。
ただの事実。
「うちは三流だ。」
その言葉にも感情は乗っていない。
「名のある家の者は、幼い頃から形を叩き込まれる。」
兄は訓練場の中央を示す。
「剣も同じだ。形が崩れれば、それだけで届かない。」
アルノーはその言葉を受け止める。
届かない。
胸の奥で、小さく響いた。
「だが。」
兄は続ける。
「形を持たぬ者は、もっと届かない。」
アルノーは顔を上げる。
兄はまっすぐこちらを見ていた。
「整えようとしているな。」
「うん。」
迷いなく答える。
兄は頷いた。
「それでいい。」
肯定だった。
だがすぐに言葉が続く。
「ただ覚えておけ。」
一拍。
「形は、届かせるためにある。」
風が静かに吹き抜ける。
アルノーは考える。
揃えることばかり見ていた。
だが、届かなければ意味がない。
「学園はな。」
兄は遠くを見る。
「どれだけ整えたかではなく、届くかどうかを見られる場所だ。」
それだけだった。
別の道を示すことはない。
ただ基準だけが置かれる。
アルノーは地面の線を見る。
揃っているだけでは足りない。
だが、揃っていなければ届かない。
「……もっと整える。」
自然にそう言っていた。
兄は短く答える。
「繰り返せ。」
そして付け加える。
「形は裏切らない。」
兄は去っていく。
アルノーは一人残る。
夕日の中で、線はまっすぐ伸びていた。
対称は、まだ遠い。
だが遠いからこそ、届かせたいと思う。
その思いだけが、静かに胸に残った。




