第22話:決まるということ
午後の廊下は、いつもより少しだけ慌ただしかった。
使用人たちが静かに行き交い、普段は閉じられている扉がいくつか開いている。
アルノーはその間を歩きながら、小さく首を傾げた。
何かが違う。
騒がしいわけではない。
ただ、空気が動いている。
「若様。」
じいやが歩調を合わせる。
「本日は、お時間を少々いただけますか。」
「うん。」
案内されたのは、小さな応接室だった。
中には父がいる。
机の上には数枚の書状が並び、封蝋がまだ新しい。
父は椅子に深く腰掛けたまま、アルノーを見る。
「来たか。」
短い声だった。
アルノーは静かに立つ。
父は一通の書状を手に取る。
「学園からの通知だ。」
その言葉に、部屋の空気がわずかに締まる。
アルノーは黙って続きを待った。
「再来季、入学試験が行われる。」
知っている言葉だった。
だが今は、どこか重みが違う。
父は淡々と続ける。
「お前も受けることになる。」
アルノーは瞬きをした。
驚きは、小さかった。
「……僕も?」
「三男だからといって、機会が無いわけではない。」
責める響きはない。
ただの事実。
父は書状を机に戻す。
「準備はこれからだ。焦る必要はない。」
準備。
その言葉が、静かに胸へ落ちる。
アルノーは頷いた。
それ以上の言葉は浮かばなかった。
部屋を出ると、廊下の光が少しだけ明るく感じられた。
じいやが隣に立つ。
「決まりましたな。」
アルノーは前を見たまま歩く。
決まった。
その響きは、不思議と重くない。
遠くにあった場所が、ほんの少しだけ近づいた気がする。
「若様は、驚かれませんでしたな。」
「……まだ遠いから。」
自然にそう答えていた。
じいやは微かに笑う。
「遠い形ほど、美しく見えるものです。」
アルノーはその言葉を聞きながら、書庫のことを思い出す。
理想の図。
均衡。
まだ届かない形。
「うん。」
小さく頷く。
焦りはなかった。
ただ、一つだけ思う。
あの静かな形に、もう少し近づいてみたい。
窓の外では、雲がゆっくりと流れている。
時間もまた、同じ速さで進んでいた。
決まったからといって、急に何かが変わるわけではない。
それでも——
未来は、もう動き始めている。




