第19話:線を減らす
新しい紙の上に、最初の線を引く。
アルノーは、いつもよりゆっくりと鉛筆を動かしていた。
完全な円を描く。
そこで一度、手を止める。
昨夜の陣を思い出す。
線が多かった。
重なりも多い。
揃ってはいたが、どこか息苦しくも見えた。
「……少しだけ。」
小さく呟き、内側の線を一本、描かずに残した。
それだけで、形はずいぶん静かに見える。
整っている。
けれど、求めすぎてはいない気がした。
しばらく眺める。
悪くない。
そう思った。
紙を床に置き、指先を中心へ向ける。
意識を集める。
前よりも、わずかに軽い感覚があった。
空気が、ほんの少しだけ張る。
次の瞬間——
淡い光が生まれた。
アルノーは目を見開く。
光は小さく、頼りない。
それでも確かに、そこにあった。
「……できた。」
声は、ほとんど息のようだった。
だが、その光はすぐに揺れ始める。
輪郭が定まらない。
形になりきる前に、外側へ滲む。
そして——
静かに消えた。
沈黙が戻る。
アルノーはしばらく動かなかった。
失敗、なのだろう。
けれど昨夜とは違う。
何も起きなかったわけではない。
あと少しだった。
その感覚だけが残る。
「若様。」
振り向くと、じいやが立っていた。
いつから見ていたのかは分からない。
「いまのは……」
アルノーは少し迷い、それから言う。
「線を、減らした。」
じいやは床の陣を見る。
「なるほど。」
それ以上は語らない。
アルノーは陣を見下ろす。
減らしすぎたのかもしれない。
揃ってはいる。
だが、どこか支えが足りない。
「……もう一本、いるのかな。」
独り言のように呟く。
じいやは静かに答える。
「形とは、不思議なものでございます。」
アルノーは顔を上げる。
「多すぎれば重くなり、少なすぎれば保てない。」
その言葉に、昨夜の光と、先ほどの揺れが重なる。
重さと、軽さ。
どちらでもない場所が、どこかにあるのだろうか。
アルノーは新しい紙を手に取る。
線を増やすべきか。
別の配置にするべきか。
答えはまだ見えない。
けれど、不思議と手は止まらなかった。
「若様。」
じいやが柔らかく言う。
「形を探しておられるのですな。」
アルノーは少し考え、それから頷いた。
探している。
まさに、その通りだった。
床の陣はすでに光を失っている。
それでも、先ほど確かにそこに在った。
届かなかった形が、少しだけ近づいた気がした。
アルノーは再び線を引く。
今度は、急がない。
形は、逃げない気がした。




