第12話:席の位置
食卓の間は、思っていたよりも静かだった。
長い卓の上には、人数分より少し多めの食器が並んでいる。使われない席があるのは、珍しいことではない。仕事や用事で誰かが欠けるのは、いつものことだった。
アルノーは、決まった位置に腰を下ろす。
卓の端ではないが、中央でもない。
少しだけ外れた場所。
そこが、彼の席だった。
正面には父が座り、左右には兄たちがいる。言葉は多くないが、食器の触れる音や椅子の軋みが、一定の間隔で続いていた。
「今月の支出は、予定通りだ。」
父が短く言う。
「学園への納付金は、滞りなく進めております。」
家宰の声が応じる。
アルノーはパンをちぎりながら、その会話を聞いていた。
学園。
その言葉が出るたび、空気がわずかに引き締まるのを感じる。
「長男は問題ない。」
父の声は淡々としている。
「次男も、条件は満たしている。」
一拍置いて、言葉が続く。
「……三男については、様子を見る。」
その言い方は、責めてもいなければ、期待もしていなかった。
事実を述べただけの調子。
アルノーは咀嚼を続ける。
胸がざわつくことはなかった。
むしろ、少しだけ分かりやすいと思った。
期待されていない、ということが。
「無理をさせる必要はない。」
父がそう言って、話はそれで終わった。
誰も異を唱えない。
そのまま、別の話題へ移っていく。
アルノーは視線を卓の上に戻す。
皿の配置は、左右ほとんど同じだった。
だが、自分の前の皿だけ、ほんの少し内側に寄っている。
気づく人はいないだろう。
けれど、アルノーには分かった。
意図的ではない。
ただ、そうなっただけ。
席の位置と同じだ、と思う。
食事が終わる頃、じいやが近づいてきた。
「若様、後ほど書庫へ参りましょうか。」
アルノーは小さく頷く。
「うん。」
立ち上がると、椅子が静かに音を立てた。
兄たちはすでに次の予定へ向かっている。
父も席を立ち、家宰と短く言葉を交わしていた。
誰も、アルノーを見ていない。
それでいい、と思った。
廊下へ出ると、朝の光が差し込んでいる。
じいやが歩調を合わせて言う。
「席というものは、不思議なものですな。」
アルノーは顔を上げる。
「座る場所が違うだけで、見えるものが変わります。」
じいやの声は穏やかだった。
「どこに座るかは、大切なのですか。」
アルノーの問いに、じいやは少しだけ考える。
「大切なこともありますし、そうでないことも。」
曖昧な答えだった。
アルノーは歩きながら、朝餉の卓を思い出す。
中央と端。
その間にある、自分の場所。
揃ってはいないが、外れてもいない。
「……この席、嫌いじゃない。」
ぽつりと言うと、じいやは小さく微笑んだ。
「それなら、よろしいのでしょう。」
廊下の先に、書庫の扉が見えてくる。
アルノーは、胸の奥に小さな納得を抱えたまま、そこへ向かった。
自分の席は、まだ決まっていない。
けれど、どこかにある気がしていた。




