第11話:同じであること
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朝の空気は澄んでいた。
窓から差し込む光はまだ柔らかく、屋敷の庭も静けさの中にある。アルノーはいつもより少しだけ早く目を覚まし、そのまま廊下へ出た。
遠くから、剣が打ち合う乾いた音が聞こえてくる。
規則正しく、迷いがない音だった。
音に引かれるように歩いていくと、裏庭の訓練場に出る。
学園が休暇のために帰省していた長兄が剣を振っていた。
無駄のない動きだった。
踏み込み、振り下ろし、戻る。
同じ軌道を、寸分違わず繰り返している。
アルノーは少し離れた場所で立ち止まった。
しばらく見ていると、呼吸まで揃っていることに気づく。
振るたびに、わずかに息が吐かれる。
乱れがない。
やがて長兄が剣を止め、こちらに気づいた。
「アルノーか。」
「うん。」
長兄は剣を肩に担ぎ、軽く汗を拭う。
「珍しいな。こんな時間に。」
アルノーは答えず、先ほどまで剣が描いていた軌道を目でなぞる。
「……毎回、同じなの?」
長兄は少しだけ眉を上げた。
「同じでなければ意味がない。」
迷いのない声だった。
アルノーはその言葉を繰り返す。
同じでなければ、意味がない。
「どうして?」
長兄は剣先を地面に向け、短く息を吐いた。
「体に覚えさせるためだ。考えずとも、その形になるまでな。」
形。
アルノーは小さく頷く。
訓練場の地面には、何度も踏み込まれた跡が残っていた。左右ほとんど同じ位置に、同じ深さで。
「揃ってる。」
思わずそう言うと、長兄はわずかに笑った。
「当然だ。ばらばらでは隙が生まれる。」
アルノーは少し考える。
ばらばらだと、隙が生まれる。
それは、光が裂けたときに似ている気がした。
「若様。」
背後から声がした。
振り向くと、じいやが静かに立っている。
「朝露で足元が滑りやすくなっております。どうぞこちらへ。」
アルノーは一歩下がり、再び長兄を見る。
剣はすでに鞘に収められていた。
「お前も、いずれ何か一つ身につけろ。」
長兄が何気なく言う。
「何でもいい。続ければ、形になる。」
その言葉に、アルノーはすぐには答えなかった。
形になる。
頭の中で、昨夜描いた円が浮かぶ。
まだ揺れていた線。
それでも、描き直せば少しだけ整った。
「……続けたら、揃う?」
長兄は迷わず頷いた。
「ああ。揃わぬものは、繰り返しが足りんだけだ。」
強い言葉だった。
アルノーはそれを胸の奥に置く。
じいやが一歩前に出る。
「朝餉の支度が整っております。」
長兄は軽く手を上げ、再び訓練場の中央へ戻っていく。
剣を抜く音が、静かな朝に響いた。
アルノーはその背をしばらく見つめる。
踏み込みの位置。振る軌道。戻る速さ。
どれも、同じだった。
同じであることは、強いのかもしれない。
理由はまだ分からない。
だが、不思議と目が離れなかった。
やがてアルノーは踵を返し、屋敷の中へ戻る。
背後では、再び剣が空気を切る音が続いていた。
寸分違わぬ軌道で。




