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第113話:現場への帰還


監視という名の檻が外れて数日。アルノーは許可を得て、久しぶりに西門冒険者ギルドの門をくぐった。


学園での実証演習の噂は、すでに風よりも早くここへ届いている。足を踏み入れた瞬間、荒事あらごとを生業にする男たちの視線が一斉に突き刺さった。だが、それはかつての侮蔑ではなく、喉から手が出るほど水を求める者の切実な眼差しだった。


「おい、来たぞ! 『均整』の坊ちゃんだ!」

「待ってたぜ、あんたのプレートがねえせいで、この一週間ボロボロだったんだ!」


沸き立つギルドの喧騒を抜け、アルノーは受付へと向かった。そこには、眉間に深い皺を刻んだ副長が、山積みの書類と格闘していた。


「……ようやく来たか、アルノー。お前のせいで、うちの統計はめちゃくちゃだ」

副長はため息をつきながら、一枚のギルドカードをカウンターに放り出した。アルノーがそれを手に取ると、刻まれた文字に違和感を覚える。


「副長。私のランクですが、勝手に『F』に書き換えられています。……私はまだ、一度も昇級試験を受けていませんが」


冒険者ランク『G』。それは依頼の受託もままならない最低ランクであり、アルノーが「観測」のためにあえて留まっていた場所だった。それが、事前の断りもなく一段階上がっている。


「……ああ、それか。ギルド長の独断だ。文句なら奥で言え」


アルノーは静かに奥の執務室の扉を開けた。中ではギルド長が、監視院から返却(という名の突き返し)をされたアルノーのプレートを愛おしそうに眺めていた。


「ギルド長。ランクの件ですが、戻していただけませんか。私は目立ちたくないと言ったはずです」


「戻せるわけねえだろ」

ギルド長は振り返りもせずに鼻で笑った。

「お前が学園でぶち上げたあの理論、そしてこのプレートがもたらした実績。それを『Gランクの遊び』で済ませてみろ。監視院どころか、国税局が俺の首を獲りに来るぞ」


「それは事務的な都合でしょう。私は正しい手順を踏んでいない」


「手順だと?」

ギルド長が椅子を鳴らして立ち上がり、アルノーに詰め寄った。

「お前が作った均整のおかげで、この一週間、西門ギルドの負傷者はゼロだ! 逆に監視院の公式陣を使った班は、装備を壊して泣きながら帰ってきた。この圧倒的な『結果』を前にして、ランクを据え置く方がよっぽど歪んでるだろ!」


「……ですが、Fランクになれば、受託できる依頼の範囲が広がり、私の観測にノイズが混じります」


「ならそのノイズごと均せ! 良いかアルノー、お前はもう『ただの坊ちゃん』じゃねえ。現場を救う『専門家』として扱わざるを得ねえんだ。これでもFに抑えるのに、本部と一悶着あったんだぞ。本当なら一気にCまで上げろってうるせえんだからな」


ギルド長の、怒鳴りつけるような、しかし信頼に満ちた言葉に、アルノーは小さくため息をついた。非対称な無理押し。だが、このギルド長の言葉に含まれる熱量だけは、不思議と「均整」が取れているように感じられた。


「……分かりました。その代わり、余計な推薦状などは出さないでください」


「へっ、分かってるよ。さあ、とっとと受付へ行け。お前のプレートを待ちわびて、入り口で死にそうな顔してる連中が山ほどいるぞ」


カードをポケットに収め、アルノーは再び喧騒の中へと戻る。

ランクが変わろうと、周囲の目が変わろうと、やるべきことは変わらない。

アルノーはカウンターに立ち、かつて自分が「ならした」場所の、微かな歪みを修正するためにペンを走らせ始めた。

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