第108話:死角からの入場
演習場を囲む観客席は、異様な熱気と、それ以上に深い戸惑いに包まれていた。
中央の来賓席には、第三王子レオナルトが悠然と腰を下ろし、その隣には、顔色を失った監視院の筆頭官たちが並んでいる。彼らの手元には、現場から届いた「公式陣」の自壊報告と、アルノーへの協力要請の記録が積み上がっていた。
「これより、理論特別評価実証演習を開始する」
審判の声が響き渡る。
入場門が開いた。
現れたのは、これまでの王立学園の常識を覆す、あまりに不揃いな一団だった。
先頭を歩くのは、アルノー・ヴァレリウス。
その背後には、以前と同じように記録水晶を構えた監視員が付き従っている。だが、その光景は以前とは決定的に異なっていた。監視員の手は小刻みに震え、水晶のレンズはアルノーの「不正」を暴くためではなく、彼がこれから示す「正解」を一行たりとも逃すまいという、必死の懇願を込めて向けられていた。
もはや、これは監視ではない。
国家が少年の後を追い、その叡智を「記録(採集)」させてもらっているという、屈辱的な逆転劇だった。
「……おい、あれを見ろ。西門ギルドの連中じゃないか?」
観客席の一角では、無骨な革鎧を纏った冒険者たちが身を乗り出していた。
「坊ちゃん……いや、アルノー! 見せてやれ! 学園の理屈じゃねぇ、俺たちの命を救ったあの『線』をよ!」
学園のエリートたちの嘲笑を、現場の咆哮が塗りつぶす。
アルノーは演習場の中央で立ち止まり、ゆっくりと一礼した。
背後の監視員が、震える声で「記録、開始……」と呟く。アルノーは振り返ることもなく、ただ静かに口を開いた。
「灰棟には、王立の『重ねる』正義はありません。ですが、ここには管理の外側に残された、剥き出しの真実があります」
アルノーが指を鳴らす。
同時に、灰棟の面々がそれぞれの配置についた。
ルクスが低く構え、ガルドが木剣を正し、ルディスが計算書を掲げ、双子が空間の端に立つ。
「一瞬の満月を、今ここで均します」
監視員の水晶が、かつてないほど鮮明な赤色に点滅する。
管理という名の檻を内側から突き破り、もはや誰にも縛られない「観測者」となった少年が、ついに世界を均すための幕を開けた。




