第103話:不均等な茶会
監視院がアルノーに「技術的協力」を仰ぎ、彼の手によって術式が修正されたという噂は、一気に学園内を駆け巡った 。それは、これまでアルノーを「監視対象の落ちこぼれ」と蔑んでいた生徒たちにとって、受け入れがたい衝撃であった 。
特に、王立の「重ねる」理論こそが正義であると教え込まれてきたA組の生徒たちにとって、その自尊心は激しく傷つけられた。廊下ですれ違う際、アルノーに向ける視線は、軽蔑から「得体の知れない恐怖」へと変わりつつあった 。
そんな不穏な空気の中、アルノーのもとに一通の招待状が届く。差出人は、王国第三王子、レオナルト・アルヴェイン 。
「……王子からの茶会か。いよいよ、隠れきれなくなってきたな」
灰棟の食堂で、ガルドが呆れたように笑う 。
「監視院を黙らせたんだ。次は王族がその『正体』を確かめに来るのは当然だろ」
茶会の会場は、白塔寮(第一寮)の最上階にある王族専用のサロン。そこは灰棟の薄暗さとは対照的な、光と装飾に満ちた「完成された円」のような空間であった。
レオナルトは、窓際で優雅に茶を口にしながら、アルノーを迎え入れた。
「よく来た、ヴァレリウス家の三男。君の噂は、監視院の記録水晶を越えて私の耳にまで届いているよ」
レオナルトの周囲には、A組の有力な生徒たちが控え、アルノーを測るような鋭い視線を送っている。だが、アルノーは臆することなく、サロンの調度品の配置に目を向けた。
「……三・五ほど、ずれていますね」
「何がだ?」
レオナルトが眉を上げる。
「あの花瓶と、そこの椅子の角度です。この部屋は豪華ですが、歪みを隠すための装飾が多すぎる。……非対称は、エレガントではありません」
サロンに冷たい静寂が流れる。王子の用意した空間を「歪んでいる」と断じた不敬。だが、レオナルトは怒る代わりに、楽しげに目を細めた。
「ははは! 面白い。君は、王国の秩序すらも『歪んでいる』と言うのか」
「私は、ただ観測した事実を述べているだけです」
レオナルトは立ち上がり、アルノーに一歩近づいた。
「いいだろう。ならば、その『正しさ』を私の前で証明してみせろ。監視院が頼らざるを得なかった君の均整が、王国の重厚な歴史という『重ね』に勝るものなのかどうかを」
茶会という名の、新たなる観測。
監視の網を潜り抜け、実地で証明を重ねてきたアルノーの理論は、ついに王国の中心部という最も巨大な「歪み」と対峙することになる。




