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第100話:死角の満月


監視院の記録水晶は万能ではない。周期的な魔力の書き込み、記録媒体の交換、そして何より「観測者」の瞬きという隙が存在する。


放課後の旧演習場。そこは、新校舎の結界の影になり、監視院の設置した定点観測陣の「死角」となる場所だった。


「……ここなら、誰にも邪魔されずに観測できるかしら?」


銀髪を夜風に揺らし、リュミエール・セレスティナが待っていた。彼女の背後には誰もいない。一方でアルノーの背後には、依然として影のような監視員が立っている。だが、アルノーは知っていた。この時刻、この場所の位相は、監視員の水晶が最も「濁る」瞬間であることを。


「リュミエール様。監視の目を盗んでまで、何を確かめたいのですか」


「決まっているわ。あなたの『秘匿』の正体よ」


リュミエールは杖を掲げない。彼女もまた、この瞬間だけは「王立」の看板を捨て、一人の魔導師としてアルノーに向き合っていた。


「あなたはいつも、私の魔力が強すぎて歪んでいると言う。なら、あなたの言う『正しさ』がどれほどのものか、この身で測らせて」


リュミエールの全身から、白銀の魔力が溢れ出す。それは「足す」理論の極致。幾重にも重ねられた術式が、巨大な円環となってアルノーを包囲する。


「始めなさい!」


リュミエールの放った一撃は、光の奔流となって死角の演習場を白く染めた。監視員が慌てて記録水晶を向けるが、アルノーはあえてその瞬間に合わせて、自身の位相を「きょ」に転じた。


(――二瞬目)


監視員の水晶には、強大な光に呑み込まれたアルノーの「失敗」と、その後の真っ白なノイズだけが記録される。だが、その光の渦の中心で、リュミエールだけは見た。


アルノーが指先をくうに添えた瞬間、猛り狂う白銀の奔流が、一筋の静かな水流へと姿を変えた。

彼が「ならした」場所だけが、鏡のような静寂に包まれている。


「……嘘。私の魔力が、消えたんじゃなくて……揃えられたの?」


「消してはいません。ただ、世界の刻みに合わせただけです」


アルノーの声は、爆風の中でもはっきりと届いた。

光が収束したとき、そこには無傷のアルノーと、肩で息をするリュミエールが残されていた。監視員の記録には「過剰な光による一時的な観測不能」とだけ刻まれる。


「……満月は、眩しすぎると思っていたけれど」


リュミエールは震える手で自らの胸元を押さえた。


「あなたのそれは、満ちているのに、暗闇よりも静かなのね」


「一瞬だけですよ。……ですが、在ったでしょう?」


アルノーは静かに告げ、灰棟への道を歩き出す。

監視員は「不測の事態につき記録中断」と不服そうに書き残したが、リュミエールの瞳に刻まれた「真実の均衡」を消すことはできなかった。

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