6 二つの顔
夜中、悠真はふと目を覚ました。
部屋の中は暗く、雨の音が静かに屋根を叩いていた。
ふと視線を横に向けると、部屋の鏡がこちらを向いていた。
自分の寝ている姿が、そこに映っているはずだった。
だが――鏡の中の自分が、微かに笑った。
悠真は息を呑んだ。
鏡の中の「自分」が、こちらに背を向け、ゆっくりと首だけをねじるように振り返った。
その顔には、遥と同じような、奇妙な歪みがあった。
分裂
翌朝、祖母の目を避けるように、悠真は鏡を布で覆った。
だが、それでも何かが見ている感覚は消えなかった。
食事中、茶碗を持つ手が震え、白米にポタリと黒い液体が落ちた。
見ると、自分の指先の爪が剥がれ、指から黒い水がにじみ出ていた。
「おばあちゃん、僕……変だ。体が……」
祖母は無言で、仏間から一枚の古びた護符を取り出し、悠真の額に貼り付けた。
「もうすぐ“分かれる”……遥が完全に入る前に、止めなきゃ」
「僕の中に……遥が?」
祖母は頷きながら、震える声で言った。
「遥は“水喰い”に選ばれた器だった。だが完全ではなかった。
だから今度は“完全な体”を求めて、おまえを選んだんだよ」
記憶の浸食
その夜、悠真は再び夢を見る。
今度は村の旧校舎の教室。
窓の外には夕焼け、そして彼の席には、幼い遥が座っていた。
「どうして来てくれなかったの、悠真?」
「……僕は、君を知らない」
「でも私は、ずっと一緒にいたじゃない」
彼女の目は緑色に光り、次の瞬間、全てが水に沈んだ。
溺れる。見えない何かが口に入り、記憶が一つずつ抜け落ちていく。
鏡の向こう
目を覚ますと、体の右半分が冷たく痺れていた。
鏡の中の自分は、右の頬だけが遥の顔になっていた。
笑っていた。苦しみながらも、楽しんでいるような、壊れた笑み。
悠真は恐怖に震えながら、叫び声をあげた。
「僕は……僕だ!消えろ、遥!」
だが鏡の中の“彼”は、唇を動かしてこう答えた。
「じゃあ、あの井戸に戻って、証明してよ」