5 喰われた記憶
祖母の言葉を胸に、悠真は家に戻った。
だが、心の奥底で何かがざわめいていた。
その夜、眠りにつくと同時に、奇妙な感覚に襲われた。
――身体の中で、水が流れる音。
――冷たい水が、骨の奥まで染み渡るような痛み。
――誰かの声が囁く。
「おかえり、悠真……」
目を開けると、薄暗い井戸の底にいた。
水面は揺らぎ、彼の目の前に、あの少女――遥の顔が浮かぶ。
白いワンピースを着て、だが顔はところどころ歪み、目は不気味に輝いていた。
「ここは……?」
「ここは、わたしの世界。あなたの中。」
悠真は慌てて目を閉じたが、夢は消えなかった。
次第に、彼の記憶が溶け始める。
子供の頃の思い出、両親の顔、笑い声。
それらが水のように流れ、代わりに遥の記憶が流れ込む。
彼女の痛み、孤独、絶望。
朝、目覚めると体はだるく、頭は重かった。
鏡を見ると、目の色がいつもより薄く、ぼんやりとしていた。
日々、水を飲むたびに、身体の中で何かが失われていく感覚。
そして、誰かに見られているような、背筋の寒くなる視線。
悠真は気づき始めていた。
「このままだと、僕は……」
部屋の隅で、小さな水たまりがひとりでに揺れていた。
その中心に、鮮やかな緑色の瞳が光っていた。