4 水神祭
祖母は朝になってもまだ寝室から出てこなかった。
悠真は不安を胸に、ふと思い出した。
「そうだ……祖母は、あの祠に行くと言っていた。」
午後、雨が降り出す前の薄暗い空の下、悠真は裏山へ向かった。
古びた石段を登りきると、そこには苔むした小さな祠があった。
扉は閉ざされ、しかしどこかから水の滴る音がかすかに響いている。
祠の扉の隙間から、祖母の手が見えた。
彼女は何かを祈るように静かに水面を見つめていた。
悠真が声をかけると、祖母はゆっくりと振り返った。
「悠真、よく来たな。」
彼女の目には疲労と決意が混ざっていた。
「昔、この村では水神祭という祭りがあった。
旱魃の年、村を救うために“替え身”を井戸に捧げる——それが遥だった。」
祖母は震える声で続ける。
「遥は私の妹だ。彼女は十六の夏、あの井戸に沈んだ。
しかし、彼女の魂は解放されなかった。
井戸は生きていて、生命を吸い取る“水喰い”となったのだ。」
悠真は目を見開いた。
「じゃあ、あの水は……?」
「呪いの水だ。触れた者の命を蝕み、魂を井戸に縛りつける。
そして、替え身がいなくなると、新たな“替え身”を求めて囁きかけるのだ。」
祖母は手に持った小さな瓶を取り出した。
「これが遥の血だ。封印の鍵。
これを使わなければ、水神祭は終わらない。」
悠真は瓶を握りしめた。
「僕は……何をすればいい?」
祖母は静かに頷いた。
「もう、選ばれたのだよ。」
空からは静かに雨が降り始め、二人の周囲を水の冷たさが包み込んだ。