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水喰い  作者: GNIEBNAMUH
3/7

3 遥の記憶

翌朝、祖母の姿が見えなかった。

呼んでも返事はなく、仏間には誰もいない。ただ線香の残り香だけが、空気に残っていた。


祖母は時々、裏山の祠にひとりで行くことがあると言っていた。


悠真はぼんやりと朝食をとりながら、ふと仏間の襖がわずかに開いているのに気づいた。


(……昨日、閉まっていたはずだ)


好奇心に駆られ、彼は静かに襖を開ける。

仏壇の横、古びた木箱が置かれていた。上に布がかぶせられていたが、何かが引っかかっていたのか、少しずれて中身が覗いていた。


中には、古いノート、乾いた花束、そして――一枚の髪飾り。


どれも埃をかぶっていたが、そのノートの表紙には、丁寧な文字でこう記されていた。


「遥の日記」


彼は思わずページをめくる。


ノートの抜粋(昭和五十三年)

八月一日

雨が降らない。みんな困ってる。

お母さんが「村の水神さまが怒ってる」と言ってた。

私は大丈夫。井戸の中の声が「わたしを見つけて」って言ってくれる。


八月五日

夜、井戸を見に行ったら、自分と同じ顔をした子が下にいた。

だけど、それは私じゃない。目だけが笑ってなかった。


八月十日

おばあちゃんが言った。

「遥、おまえは選ばれたんだよ」

――“替え身”って、なんだろう?


八月十二日

明日、私は「水に還る」。


読み進めるごとに、悠真の背筋が冷たくなっていった。

ノートは途中で破れており、以降のページはなかった。


彼はふと、ノートの最後のページの裏に、小さく鉛筆で書かれた言葉を見つけた。


「この身体を使って、帰ってきます」

「今度は、私が選ぶ番」


手が震えた。


そのとき、部屋のどこかで「ポタリ」と音がした。

彼は顔を上げた。


仏間の天井――そこから、ひと滴の水が、畳の上に落ちていた。


そしてその水たまりの中に、ひとつの瞳が浮かんでいた。


自分とまったく同じ形の、だがどこか異質な目。


それは、笑っていた。

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