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第二十二話  雪月の残響、朔の迷い

 うわぁぁぁぁん!!!!


 ありったけの声を張り上げた。

 自分ではどうしようもない感情を声に出して、いつも自分を守ってくれていた誰かに届くように。自分は、ここにいる。助けに来て。怖い。


「あらあら。どうしましょ」


 先ほどまで近くにいた女性は、オロオロし始め辺りを仕切に見渡している。


「どうか、しましたか?」


 別の誰かの声が微かにして、次第に眩しい光を放つライトを手に近付いてくる人が見えた。帽子を被った若い警官だ。女性は少しホッとした表情を浮かべ警官に駆け寄る。そして何か二言三言話しした後、警官が近付いて目の前で跪いた。女性は心配そうな顔を浮かべながら、後ろに控えている。


「君、大丈夫かい?お父さん、お母さんは?」


 優しい声音。けれど、どこか事務的で表情が硬い。少年は、まだ涙が止まらずしゃっくり混じりで何度も涙を拭っている。


「名前は?泣いてちゃ分からないよ。どこから来たの?お家はこの近く?」


 矢継ぎ早に飛んでくる言葉が刃物のように胸に突き刺さり、少年は恐怖に体を震わせる。声を出そうと口を開くが、喉が塞がれたように音にならない。

 もうヤダ。ここに居たくない。帰りたい。怖い。助けて。なんで来ないの?xxxが居ない。消えたい。少年の心が朔に流れ込んでくる。苦しくて悲しくて、消えてしまいたいと願う負の感情。恐怖が、どんどん少年の心を押し潰していく。

 やがて視界がぐにゃりと歪み、警官の顔も、街灯の光も遠ざかっていく。恐怖と混乱に飲まれた小さな心は限界を迎え、少年はその場で意識を失った。


(そうか……多分、この後施設に預けられて俺は”朔”として、以前の記憶を失ったまま今まで生きてきたんだ)


 やっぱり、これは俺の記憶だ。じゃ、あの少年はーー。

 再び暗闇の世界に戻ってきた朔は周りに浮かぶプリズムに視線を向けた。

 浮遊するプリズムがゆっくり回転しながら右へ左へと揺れ動いていく。そして一つのプリズムが朔の目の前に止まり、新たな景色を映し出してきた。

 そこは見知らぬ草原。陽の光が柔らかく白銀の髪が風に揺られキラキラと煌めいていた。目の前にいるのは幼い姿の自分と、まだ青年に近い姿の青藍。彼は大木の下に横たわり疲れたようにまどろんでいる。小さな自分はその傍に近づき、小さな布を彼の胸元にそっと掛けた。


「風邪ひいちゃうよ」


 聞き覚えのある言葉。朔の胸が熱くなる。これを覚えている。いや、覚えているはずはないのに――。ただ、最近よく似た言葉を彼に言った。大木に横になって寝ている彼に、風邪をひくといけないからと薄布を渡した、あの日。その記憶と混濁してるのか?


「せいらん。大好き」


 少年は寝ている彼の頬に小さく可愛らしい口付けをし、彼の隣に横たわり安心したようにすぐ眠りについた。それを見計らってか、青年はゆっくりと目を開けると横になったまま肩肘をついて、隣で小さな寝息を立てている少年を愛おしそうに薄紫色の瞳を細め髪を掬う。


「俺もだ。愛している、雪月」


 彼く口から溢れた言葉にハッとしたと同時に納得した。どこかで、そうではないかと思っていた。けれど信じたくなかった。自分の彼への気持ちが、本当は”雪月”の気持ちから来るものかもしれないということ。過去の記憶を知ったところで、取り戻したわけではないのだ。これから青藍とどう向き合えばいいのか分からない。雪月であって雪月ではない。過去の俺(雪月)と青藍は両思いなのに、肝心の今の俺(朔)が障害となっている。いつまでも青藍を苦しめてしまう。俺はどうすればいいんだ?


 いつの間にか暗闇の部屋の戻っていた。

 ぺたりと力なく座り込んだ朔の周りには、記憶が散りばめられたプリズムがキラキラと光を反射している。輝く光とは裏腹に朔の心は沈んでいた。ここは夢の世界だと分かっている。目覚めなければいけないのだと理解もしている。だけど、もしかしたらこのまま目覚めない方が良いのかもしれない。そうすれば本来の雪月が目覚めてくれるかもしれない。いや、二重人格というわけじゃないのだから、目覚めるの言うのは違うか。

 どうすれば一番良いのか、いくら考えても答えが出ない。元の世界に戻ることが出来ればーー。


「そうか!戻れば良いんじゃないか。」


 きっと青藍は俺が雪月だとは気づいていないはずだ。だったら雪月の記憶がない俺が”雪月”だと知る前に、俺が元の世界に戻ってしまえば、青藍の中での雪月はそのまま彼の中で生き続ける。そうだ。それが一番良いんだ。そうとなれば、こうしちゃいられない。まずはココから出る方法を探さなくちゃ。ココから出たら、陽騎に元の世界に戻る方法がないか確認して、もし知らないなら図書館で記録が無いか探して……。

 忙しくなるぞっと朔は奮起し立ち上がった。


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