第五話 再開
辺りは暗くなり始める頃合いだった。山を焼く太陽の光が眩しいぐらい地面を照らす。
「帰ろうか、スケール」
しかし、スケールは遠くを見つめたまま動かない。
「ちょっと待って」
またか…私はまた足を止める。
スケールの指差した先…。もう一人誰かの影が見えた。さっきの影とは違う。私よりも背が高い。
横に立つスケールはハッとした表情でその影を見つめる。
少しずつ近づいてくる影。その影が声を発した。
「………………リトル…………、スケール……………」
しゃがれた、小さな声。発した言葉。それは私達の名前だった。でもどう見てもさっきの少女とは容姿が違う。そもそもさっきの少女は少女というだけあって私よりも背が低くそれにすごく幼かった。でもこの影は違う。何より私よりも背が大きいし………。
少しずつ、少しずつその影は近づいてくる。
スケールは警戒する素振りは見せず、槍もその影に向けることはなく。ただただ驚きを隠せないような表情でその影を見つめていた。
ようやく、顔が見えた。青い目、風に揺れる長く茶色い髪、そして極め付けは…………
首に巻かれたリボン。
「…………ルティア……ルティア………なのか……?」
スケールの手から、槍が離された。カランという音が響く。そのままその少女に歩み寄る。
ルティア……私はその名前を聞いて、脳裏に一つの記憶が戻った。それは、そう……確かーー三人目の、最後の、仲間だ。
「ルティアー!!!!」
スケールはその影に飛びついた。
「無事で……無事で良かった………」
目から溢れた涙がルティアの肩を濡らす。
私はその様子を遠くから見つめた。抱きつこうとする勇気がなかなか出なかった。なぜなら私は、大切な仲間を裏切り、置いて行ったような奴だからだ。
「ただいま、スケール、リトル。良かった。二人とも、ちゃんと生きていて。ありがとう」
ルティアはそんな私のことを責めなかった。いつもの優しい声で抱きついてきたスケールの腕を握り返す。
私もルティアの元へと駆け寄り、その体を抱きしめた。
✳︎
「それで、どうやって逃げ出してきたんだ…?」
スケールは聞く。
私達は結局ギルドには戻らず、その場で腰を下ろして話を始めた。
「…………窓が割れてたからそこから飛び降りて逃げ出した」
「そんな……なんで……なんで生きてるのよ…」
私はそう言わずにはいられなかった。
窓から飛び降りた…?そんなので、無事なはずがない。そもそも窓から飛び降りるという行為は相当な行為だ。
それに私達のエネルギーをいくら使っても、自身の意思でつけた傷や体の損傷は治すことができない。
それはルティアもこれまでの実験で分かっているはずなのに………
「私、自分の意思でつけた傷や体の損傷が治せないってことがその時頭になかった…。逃げるのが精一杯だった…だから飛び降りた直後…実に二秒後…私は本当に死んだと思ったよ……」
「じゃあ一体誰が…治してくれたの……?」
自分で治すことができないとなると誰かに頼るしかないわけだが……
この世界には魔法が存在していて、習得をしている人ならば私達以外でも軽いけがを治癒する程度の治癒力を使える人はいるだろう。
「通りがかった人が、上級の治癒魔法で治してくれた」
予想通り。やはりそういうことだった。
聞いた感じだとかなり奇跡的だ。上級を使える人は少ないと聞く。上級を使えば骨折や内臓の内出血などといった重傷も治せてしまう。しかし、それを使うには膨大な魔力量が必要であるからだ。
「ギリギリだったんだね…」
「うん、でも逃げるためには仕方なかったのよ」
「でもね、研究所で付けられた傷は治らなかった…きっと何か特殊な刃を使っているらしい」
特殊な刃。確かに簡単に誰でも治せるような傷では私達の能力を試す実験にはならない。
「じゃあ、もしかして…まだその傷残っているの…?」
「うん………」
「………………」
ルティアは白い服の裾を持ち上げる。そこにはくっきりと真っ赤な傷が刻まれていた。それは何箇所も何箇所も刻まれていた。ルティアの力では完全に治すことができなかったのだろう。
私はその傷に手を近づける。さっき『ラルエンスヒーリング』を使ったばかりだが、そんな理由で仲間をほっとくわけにはいかない。
黄緑色の淡い光を輝かせながら、治癒力を発動させる。
ルティアは周りを見渡す。辺りに広がるのは広大な林と自然。先程までの賑やかな感じは無く、鳥の囀りや動物の鳴き声やらがたくさん聞こえてくる。
「君たちはさ、一体ここで何をやってたの…?」
「冒険だよ!」
私は即答する。
最初は正直冒険者なんてやりたくもなかったし拒んではいた。生きるためにはやるしかないという義務的意識で無理矢理冒険者登録をしたのだが――立派なローブを貸し出しできるし、寝床もある。しかも無料。こんなにいいいどころはあるだろうか。
「ねぇ、ルティアもさ、冒険者になろうよ!」
「…………冒険者…?何を言ってるんだよ」
私も最初はそうだったし、そういう理由も分かる。
「えっと、お金がないから、依頼をこなして稼がなきゃってね。それに冒険者登録をすればいろいろ特典がつくから便利なんだよ」
「………………固まって行動して危険だと思わないのか………?」
そう言われて気づく。言われてみれば危険だ。
なぜなら私達は逃げている身であり、固まって行動していることがバレてしまったら全員一気に捕まる可能性だってある。
でも…………一緒に行動することでの意味はあるはずだ。
「私達は同じ力を持っているけれど、その能力には差がある。私は最上級能力を使うが、物理攻撃はできない。スケールは中級能力までしか使えないけど過去を見る能力がある。だからさ、お互いがない能力を補い合う必要があると思うんだ」
「確かにそうかもしれないけど……」
まだ納得していないような様子のルティア。でも私には分かる。ルティアが私達の元へ来た理由が。
「ルティアはさ、私達のところに来たのは、仲間として行動したかったからじゃないのか…?一人で行動するより私達と一緒に居たい。そう思ったから私達を探したんでしょ…?」
心の声がそう言っている。中々口には出さないルティアだが、私には心の声がちゃんと分かる。
「うん…………私、やっぱり………一人でいるのが怖かった………」
ルティアは泣きながら私の胸に顔を埋める。
私にとってルティアはお姉さんのような存在だが、まだ十二歳ほどである。幼い姿を全開にしてルティアは泣いた。
「なんで…………研究所に置き去りにするのかな………なんで二人で行っちゃうのかな………私、酷いことさせられた。傷も完全には癒えないまま、体を傷だらけにされた…………ふらついた体のまま、私は必死になってリボンを削って壊して逃げた………一人ってこんなに怖いんだって、後から後から涙が溢れた………もう、置き去りになんてしないで…………」
ルティアは泣いた。目尻から次々に溢れる涙でみるみる私のローブが濡れていく。
ルティアも辛かった。みんな辛かった――私はやっぱり、仲間を置き去りにするようなやつだから…
「ごめんね、ルティア……頑張ったね…………」
私はルティアの熱を持った体を抱きしめた。
✳︎
「いらっしゃいー」
ギルドに戻るとそこには再び賑やかな光景が広がっていた。
ギルドの奥に見慣れた顔があった。
少女救出作戦の依頼を受ける直前、傷を治せやら少女救出作戦の依頼に対しての恐ろしい経験談やら言ってきたミラサイトとラミリアだ。
私達はゆっくりとその二人に近づいた。
ルティアはというと………すごく警戒した様子で私の背中に隠れた。そうなるのも分からなくはない。ルティアは私達がいない間、さらに酷い監禁を受けていただろうから。
「こんばんは、戻りましたよ」
声をかけると二人は何やら特別なものを見るような目で私達三人を見た。
「お、おいまさか……依頼を達成したのか……?」
「はい、ちゃんと依頼をこなしてきましたよ」
まだ報酬を受け取ってはいない。だが冒険者カードを見るとホログラムのようなものが浮かんでおり、そこには『少女救出作戦依頼達成』と書かれていた。
「そんな、まさか……傷一つなく帰ってくるとは………」
今度はラミリアが半信半疑といった様子で私達を見る。
なんでそんな顔をするのか分からない。だってさっき傷を治したじゃないか。イヤイヤでも治癒能力を使って見せたじゃないか。やはりまだ疑っていたということか。
「見せたじゃないですか。私の治癒能力を。それにスケールがいればなんでもこなせそうですよ。確かに強敵だったかもしれませんが、スケールの槍のほうが今回は勝ちました」
「な………なぜだ……?おまえ達はDランク……最も上でもCランクだよな………」
確かにそうだ。だが、スケールは強かった。魔人はそうもいかなかったが、大きな獣は槍で一突きだった。
「そうですね。でもスケールは強かったです。今回私達が無事帰って来れたのもスケールのおかげですよ。私は見た目通り武器がありませんからヒーリング専門で成し遂げました」
ここでようやく、ルティアが恐る恐ると言った様子で私の背中から顔を出す。そして、『あの二人誰……?』でもいうかのように私を見る。
『あの二人はミラサイトとラミリア。私達の冒険仲間だよ』
私は心の声でルティアに伝える。どうやらルティアの首飾りのリボンは逃げる時に壊したらしいが、心の声に関する機能は生きているはずだ。
「………………は、はじめまして………る、ルティアとも、申します……」
「おう、よろしくな。君もこの二人の仲間なのか…?」
やはりルティアは随分と怯えている。しかし、ミラサイトもラミリアもあまり気にしていないようだ。逆にすごく好意的でなんだか助かる。
「はい…………そうです………でもまだ冒険者登録してない………」
「そうなのか。まあゆっくりやればいい」
「はい…………」
ルティアは聞こえるかどうかというぐらいの小声で小さく返事をする。
「ごめんなさい。ルティアは警戒心が強いものでして……そのうちなれると思いますが…」
「そんなの気にしなくていい。見れば大体分かるからな。それに人見知りぐらい珍しくもないよ」
「ありがとうございます」
この二人とは仲良くしたいものである。
✳︎
私達はギルドの受付に向かった。
ルティアの冒険者登録をするためと依頼の報酬を貰うためである。
まずは…………忘れないうちに報酬を受け取っておきますか。
「すいません、依頼の達成報酬をいただきたいのですが……」
「分かりました。カードを見せていただけますか?」
私は受付に冒険者カードを差し出す。
「依頼の達成、確認しました。ありがとうございました」
受付のお姉さんはそう言って何やらガサガサ受付の周りを漁り………私の手に金貨を乗せた。
美しい金色が目の中に入り込む。
使うのが勿体無いぐらい美しいそれは報酬の2500ビズだ。これはモノにすると大体五回分の食料を買える程度だ。武器やら装備を買うのにはまだまだ道のりが長い。なんてたってこの依頼はCランクのものだから。
「それと…………」
私は三人目の仲間、ルティアの冒険者登録の話を切り出した。
「分かりました。お名前はルティアさんでよろしいですか?」
ルティアは声を発することなく、静かに首を縦に振る。
「ではこのカードに手を乗せてください」
私が貰った冒険者カードと同じでやはり古びてボロボロになった茶色い紙切れである。
ルティアが手を乗せると、私の時と同じように名前、年齢、種族、ランクの情報が刻まれた。
種族は人間、ランクは私と同じD。
「ルティアさんはそこの二人のパーティに参加するでよろしいですね?」
「はい…………」
「分かりました。ではパーティ名もカードに刻みますね」
ルティアのカードにもパーティ名、『リカバリィ』と刻まれた。
これで私達は三人揃っての正式な冒険者になった。
ルティアも装備を所持していないため、ギルドでの貸し出しとなった。ルティアが選んだのは私と似た色、似た触り心地の襟が付いたワンピース。武器は短剣を選んだ。
「ルティアは、刀での攻撃ができるの…?」
「うん……少しだけ」
これはありがたい回答だった。私は戦えないが、ルティアもまともに戦えないとなると全てをスケールに任せることになってしまう。それは避けたかった。
ルティアが持ち出した武器や装備にも私のローブについているようなタグを付けられる。
少しみっともないが依頼をこなしてお金が貯まるまでは我慢だ。
✳︎
さて、ルティアも無事に冒険者となったわけだ。二人より三人の方が受けられそうな依頼も増えるだろう。
あの時と同じように私達は暗い廊下をロウソクの光を頼りに進み、依頼の貼ってある掲示板に向かう。
今日の貼ってある依頼内容は掃除が多い気がする。
角の方に獣討伐の依頼があったがBランクらしい。
ルティアは初めてだからいきなり討伐というのも気が進まない。
一枚ずつ目で追っていく。すると――
「これなんかどうだ…?」
スケールが一枚の依頼書に指をさした。
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依頼内容 荷物運び
推奨ランク: Dランク
引越しの片付けを手伝ってください。魔物が多い地帯です。万が一に備えてある程度戦える人がいいです。
協力いただける方は連絡ください
報酬300ビズ/時給
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正直言って報酬はすごく安い。安すぎる。
だが、初めてがいきなり少女救出だったわけで普通はこれが最初としては最適だろう。報酬は安いが少しずつ稼いでいくしかない。
「いいと思うよ」
ルティアに目をやる。ルティアは少し不安そうな顔だったが、それでも首を縦に振った。おそらくパーティとして行動をするという安心感もあるのだろう。
「よし。じゃあ明日はこの依頼を受けるとするか!」
研究所から逃げ出してから一週間ほど。ここまで順調に進んでいる。
そして私達は合流し冒険者としてパーティを組み、共に依頼をこなすことになったのだ。
ここまでで一章になります。次回から第二章 ラリージャ王朝・冒険編へと突入します!