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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第五章 隣国・ミリステッド国 特別な力・立ち向かう覚悟編
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第五十七話 裏実験




 テラスを出て階段を登る。


 木製の大きめのトレーには私達がさっき食べたシチューの入ったお皿とこんがり狐色に焼けたパンが載っている。埃などが入らないように食器に蓋をしているとはいえ、蓋の隙間から立つ湯気の、煮込まれた野菜が濃厚なソースの中に溶け込んだいい香りが漂ってきていて、さっきお腹いっぱい食べたはずなのにまた少し食べたくなってきてしまった。





 テラスを出た先にある一階のホールに置かれた大きな机には今日も多くの子供達が集まっていて、何やらカードを広げて遊んでいる。



 この施設はどこからみても一階が見渡せるようにできている。だから上階に上がってみても、その光景はよく見えた。





 それにしてもここしばらくソルフィアの部屋に行っていない。特に緊急事態が起きることもなければ呼び出されることもない。しばらく前に何かあったらいけないからと治癒力結晶をほんの少し置いていってっきり一度も行ってないし、顔はもちろん、姿すら見ていないのだ。



 大丈夫だろうかと少し不安に思いつつ、夜になって既に少し照明が薄暗くなった廊下を歩いていく。壁に張り付くように並ぶいくつかの個室の扉を通り過ぎた先で足を止めた。



 コンコン……



 軽く拳を握って優しく扉を叩く。硬くて少し冷たい感触が返ってくる。




「ソルフィア?いる?」



 部屋の中に向かって声をかける。しかし返答はない。



 仕方ない。前来た時みたいに入るか、そう思ってドアノブを掴んだ。しかし、珍しくそのノブが反発した。回せない。鍵が掛かっている。




 いないのかな、でもこんな夜にいないなんてこと……




 そう思っていると、ドアの内側からドタバタと何やら物音がした。その音がだんだんと近づいていく。そして勢いよく鍵が開けられ、勢いよく扉が開け放された。



「ソルフィア……」



 急に目の前に迫ってきた彼の鋭い角と眼光に少々驚いたが、久しぶりに見た顔はいつもの彼だった。




         

          ✳︎


 



 私は部屋の中に入って、その光景に目を疑った。



 ベッドのすぐ横に置かれた少し大きめの木机の上に、おそらく研究員だった当時に使っていたのであろう実験器具が大量に置かれていたからだ。



 私は自然と体が震える思いがした。手に持ったトレーが震え、その上に載ったお皿がカタカタと音を立てる。



 

 ソルフィアは口元を緩ませて、軽く笑みを溢して言った。

 


「夕飯、持ってきてくれたんだな、ありがとう。そこに置いておいてくれ」


「あ、うん」




 私はソルフィアが指差した先にあった、何も置かれていない別の机の上に持ってきたトレーを置いた。



 それからソルフィアはベッドの淵に腰掛けて座ったので、私も同じように隣に座って話を始めた。



「ねぇ、ソルフィア。この机の上のやつはなに?」




 大量に置かれた実験器具から、微かな闇の魔力を感じる。



 

「実験だよ、大切な、ね」




 私の質問にソルフィアは短的にそう答えた。それは見れば分かる。



「じゃあ、質問を変える。ここで一旦なんの実験をしているの?」



 そう聞くと、彼は少々顔を伏せ、目を伏せ、しばらく唇を噛み、それから静かに答えた。


 


「ヴィールさんの研究の手伝いだ」



 

 その答えは、私が想像していたのとは全く違う、意外すぎるものだった。


 

「ヴィールさん……?」



「そうだ。少し前にアネモスに連れられてお話ししに行っただろう?」



「うん、でも、なんで……」




 あの時、私は衝撃の事実を知った。ソルフィアがまだ長に支配の力をかけられる前――普通の研究者として国の発展研究のために従事していた頃、ミリステッド国の研究にも協力をしていた時期があって、アネモスの父であるヴィールさんとは昔、面識があったという話だ。



 でもあの時、再びの研究協力の誘いに、ソルフィアは断っていたはずだ。





「確かに最初は断ったんだがな……」




 ソルフィアはそう言いながら立ち上がり、実験器具の置かれた大きめの机の下の引き出しを勢いよく引っ張った。それと同時に、ぎゅうぎゅうに詰められた溢れんばかりの紙の束が飛び出して床に散らばった。




「こんな大量の手紙が毎日のように送られてきてな、その度に断るという旨の手紙をアネモスに預けて返していたのに、永久に送られてくるもんだから…………」




 ソルフィアはめんどくさいというようにはっきり聞こえるほどの大きな溜息を吐きながら、散らかった手紙の山を再び引き出しの中にぎゅうぎゅうに押し込んで、乱暴に引き出しを閉めようとする。引き出しのレールの間に紙が挟まったのか、グシャという音がした。それでも気にせずソルフィアは引き出しを押し込んだ。




「でも、だからといって受け入れちゃったら、長が…………」



 そうだ。絶対、アイツが許さない。いくら本来の研究者として実験をやっていたとしても、長の目の届かないところで自由に他国の研究に干渉するなんて、普通に考えて殺される。





「そうだな。ただ、長はどんなに君達の能力を研究してようが、長の気に触るようなことがあれば、結局どんな状況であっても関係なく俺の同僚を殺した」




 ソルフィアはいつも身につけている、白い研究着の襟を皺がつきそうなほど強く握りしめる。



「結局長はただ、君達が苦しみ悶える姿を上から眺めていたいだけにすぎないんだ。指示に従っていてようがそれは関係ない。だから、ヴィールさんの研究に関わろうと思った。何もしないで怯えるぐらいだったら、この国に役に立つ研究をした方がいいと思ってな」



 ソルフィアはそう言って、机の上に置かれた黒い液体の入ったフラスコを持ち上げる。そのガラスの表面に、はっきりと彼の顔が反射して映る。彼の瞳は依然として赤く、見た目も何も変わっていない。



 それなのに、彼はすごく落ち着いていて、前のような、怯え苦しんでいる姿とは全くの別人だった。



  

「この国の人にはたくさん助けられてきた。だから、俺も少しだけでもいいから恩返しがしたいと思ったんだ」


 

 彼はふっと軽く笑みを漏らしながら、そう続けた。



 違和感だらけだ。


 ずっと前に長の声が彼の脳内と私の心を支配した時あれだけ苦しみ悶えていた彼がやけに冷静だ。



 でも、そんなソルフィアの姿を見て、なんだか安心した。




 アネモスもアンナもルミナも、皆、口を揃えてソルフィアのことは見ていないと答えていたから心配だった。だからここにきた。もし私の見えないところで支配によって殺されていたらと思うと気が気ではなかった。



 でも、今日の彼はいつもとは違って冷静で、笑みがあって、そしてかつて関わってきた研究に再び携われることに少しの喜びを感じているように思う。支配には怯えながらも、それでも国のために動こうと覚悟を決めて裏で静かに動くソルフィアは、私の知る彼とは全く違った。






「それで、なんの研究をしているの?」




 多分、あんまり聞いちゃいけないのかもしれないけれど気になった。




「この国の周りを囲む結界の研究だ」




 私の軽すぎる質問にソルフィアは何も隠すことなく随分あっさりと答えた。



 

「そういえば、ここの結界ってここの研究所の研究員と魔術師が共同研究して編み出したっていう、あれのこと?」




 また一つ聞くと、ソルフィアは神妙な顔つきなって一度頷いた。



「そうだ。だが話によると、あの結界は長くは持たないらしいんだ。割れればこの国の平和が壊れる」




 ソルフィアは次に研究着のポケットに手を突っ込み、何やら小さく折り畳まれた紙を取り出し、それをベッドの上に広げた。



 それは世界地図だった。六歳になるよりも前、学校に普通に通って授業を受けていた時の記憶なんて、もうほとんどない。だからここにきて授業を受け始めてから、十歳という年にしてほぼ初めて見たような、世界を描いた図だ。

 



「ここが我々の祖国のラリージャ王朝。そしてミリステッド国のさらに南側にもまた別の国がある。ミリステッド国は二つの国に挟まれる形で位置している。ミリステッド国の周りを囲っているのが、我々が研究している結界だ」




 ソルフィアは順番に使い古して変色し、折り目がところどころ敗れかけた世界地図を指差しながら説明をする。



 その指がミリステッド国の中央でピタリと止まった。




 その指が小刻みに震え、ソルフィアは強く唇を噛み締め、そして言った。





「ラリージャはもちろんだが、この南の国も内戦しているようでな、ここは結界のおかげで守られているが、これが無ければ今頃火の海と化しているだろう」




「この結界って、ラリージャの内戦による爆撃からだけじゃなくって、ありとあらゆるところからの攻撃を防いでいるということなの?」




「そういうことだ」




 もし結界が割れることがあったら、この国の平和が脅かされる……。そして、私達には、完全に逃げ場がなくなってしまう。そんなこと。



「俺がこの研究の手伝いを受け入れることにしたのは、こういった理由も隠されているんだ。もしヴィールさんが、過去に俺がやった研究の続きをただやるだけだということを言うようであれば引き受けるつもりは微塵もなかった。だが、この国に関わる重要任務だと聞いて、断れなくなったんだ」





 ソルフィアの口調からはいつもの優しさと、少しの不安と、そして憎しみが感じられた。



 ソルフィアはベッドから腰を上げて立ち上がり、再び机へと向かう。



「俺は日中はヴィールさんのいる結界付近の防衛拠点に行ったり、研究所を行き来したりしている。前はただここで雑用としての仕事をするだけに終わっていたが、今は思いがけない重要任務を背負っている」



 ソルフィアはいつにも増して真剣な面持ちだ。




 ………………だから、ここにいるみんな、あまり君の姿を見ないって言っていたのか。





「…………良かった……」



 気づけば、私はそう言葉を漏らしていた。



「何が……?」



 純粋な反応に、思わず今度は笑みが漏れる。

 


「何が、じゃあなくて……最近、アネモスもアンナも、ルミナも……みんなソルフィアの姿を見ないっていうから心配で……もし支配で私が行けていない間に苦しめられていたらどうしようって、心配してたんだよ」




「そうか……心配かけてすまないな、だが、俺は大丈夫だ。今現在までにおいては支配の力をかけられるようなこともなく、普通に過ごせている。君達の治癒力のおかげだな」




 そう言いつつ、ソルフィアは眠い目を擦りながら、再び日中の間にやりきれていなかったであろう実験の続きをやり始めようとした。夕飯すら食べずに……。




「ソルフィア、とりあえずご飯食べなよ。冷めちゃうよ」




 トレーに載せて持ってきた料理を入れたお皿を手の平でで軽く触れると、もうぬるくなっていた。



 


「ああ、すまない。では先にいただくとしよう」




 

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