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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第五章 隣国・ミリステッド国 特別な力・立ち向かう覚悟編
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第五十四話 実践練習① 対峙する闇の気配



 歩き始めて数十分……今のところ、何も起きていない。


 雪が降り始めた。既に白い雪化粧をした木々の間から見える、薄曇りの空の隙間から、雪の粒が軽い鳥の羽毛のように舞い落ちて再び地面に積もっていく。


 息を吐けばたちまち白い水蒸気の塊になって空気の中を漂っていく。


 凍りついて赤らんだ手はしっかり握りしめることすらできないほどに感覚が鈍り、私は何度か自分の吐息を吹きかけて温めようとし続けた。




 雪山探索の時も同じような天候状況だったから経験済みとはいえ――生まれた時から元々この星は寒いのだと理解しているとはいえ――やはり体に応える寒さである。


 

 私は先を行くルミナに置いていかれないように少し足を早めた。


 

 


 っ……!?




 その時、私の聴覚が何か不自然に揺れる木々の音をはっきりと捉えた。



 ルミナっ!と声をあげようとした思考を飲み込む。彼女の姿は遠く、雪煙で霞んでいる。ただ、私が足を止めたのに気付いたのか、遠くの方で彼女も足を止めてこちらを降り返ったように見えた。




 ザク、ザク……


 と重い体重が雪を、地面を踏み潰す音が聞こえる。雪原の上に大きな穴を開ける勢いでその音は近づいていく。




「ルミナぁ……!!!」




 我慢していたのに、飲み込んでいたはずの名前が口から大きく吐き出されてしまった。しかし彼女の足音は全く近づいてくる気配はなく、獣か、モンスターが近づいてくる音と私が雪を靴で踏む音と……そして呼吸だけが、乾いた空気を揺らして音になる。





 木々が薙ぎ倒される音がすぐ近くでし、私の頭上からは腕全体で抱え込んでも抱えきれないぐらい太く、うっすら白い霜を被った木の幹が迫って来ていた。




 周りの草花をも飲み込む勢いで木の幹はついに倒れ、地面を激しく揺らし、その衝撃で木の枝に厚く降り積もった雪も雪崩れ落ちて来た。






 私の頭の中も、白く染まっていく。先程あったはずの心の余裕も、見え隠れした記憶のカケラも全部雪に埋もれるように白く消えてゆく。



 ああ、でも、ルミナは助けてくれない。ルティアも、リアも、スケールも、ソルフィアも……いつも私の窮地を救ってくれた仲間の皆も誰もいない。



 私、一人だけ。



 私一人で、木の幹を薙ぎ倒すほどの力のある巨大な相手と向き合わなければならない。





 私は収納魔術で収納していた杖を取り出し、悴んだ両手で強く握り締める。




 私の前に立ちはだかる巨大な影は、巨大というだけあって、四メートルほどの体高があり、私の身長の二倍は裕に超えているように思えた。私は敵の巨大な腹の下……太くゴツい足元に立ち、周りは光を完全に遮り、すっぽりと黒い影に覆われている。



 ハァハァ、と無意識に息が上がり、心臓がものすごい速さで鼓動し、元々寒さで凍えた背筋にさらに冷たい冷や汗が駆け降りていく。




 ああ、でも、この状況を突破するためには、動かないと。このままだと踏み潰される…………




 握りしめた杖の中を一筋の魔力の塊が流れていく。



 私はそれを勢いよく解き放つつもりで光の形を創造した。



 ――閃光


 私の視界を白く染め、目の奥まで焼き付けてしまいそうなほどの強い光が杖の先から発せられた。




「「「「ギャアアアアア!!!」」」」





 ――!!




 私は獣か、モンスターか見分けがつかないほどに大きな敵が、のどの奥、いや、腹の奥底から絞り出された苦し紛れの咆哮を上げたのに気づいて薄ら目を開けた。



 光の残像が目を開けてもなお、視界に残り続けている。その視界は今や茶色く鱗のように硬そうな敵の表皮の色で染まっている。



 地面から持ち上げられた、樹齢千年を裕に超えるような丸太以上の太さのある足が地面から持ち上げられ、再び勢いよく地面を踏み潰した。その途端、私の立っていた地上が大きく震え、周りから大量の雪が雪崩れ落ちてくる音が、先程からの大きな音の連続で感覚を失いかけた聴覚に強く響き渡る。




 その衝撃で私の体は軽く吹っ飛んだ。




 私はしばらく宙を浮き、突如背中に強い衝撃を感じて、正気を取り戻した。





「イタタタ…………」




 あまりの痛みに私は無意識のうちにそう口にしていた。




 背中が酷く痺れている。立とうとしても力が入らない。




 軽く振り向くとそこには薙ぎ倒された木の折れた幹の一部が雪の奥深く、地面の土の下にまで突き刺さる形で埋まっていた。どうやら私はここに強く背中を打ったようだ。





 今は全身に染み渡る雪の冷たさよりも、背中を駆け下りる神経の痺れの方が強く刺すように広がっていく。先ほどまで余裕があった心の箱は恐怖の塊でいっぱいになり、もうすでに入りきらなくなって溢れ出している。




 そうこうしているうちに私の放ったであろう光の魔術で腹を傷つけられたソイツが私の方へと迫ってきていた。背骨を丸めて体を屈め、地上に座り込む私を見下ろすように向けられた瞳は赤く、そして鋭く輝いていた。細められた瞳孔が私を強く睨みつけている。


 先程まで距離が近すぎたせいで見えなかったその眼光の色を凝視して、私は自然に後ろへ、後ろへと後退りする。背中を打った木の幹が優しく体に触れて、これ以上後ろには下がれないという勘がし、そして後ろに下がるたびに地を揺らしながらゆっくり歩み寄る敵の圧倒的な魔力量に、もう逃げることも勝つこともできないのだという恐怖しかそこにはなかった。




 ああ、でもここで動けなければ次に来るのは痛み以上の痛みだ。自分の意思で付けた傷以外の全ての傷を治すことの出来る私の治癒力で、あとから治癒できるとはいえ、内心使いたくないし、そして殺されるほどの致命傷を負えば、いくら治癒力を持っているとはいえ、それを使う力が残っていなければただ死んで終わってしまう。



 


 ――立て。そうそれしか方法はない。




 ギリギリまで助けを求めるな。こんなにすぐに助けを求めてどうする。



 恐らく長年風の大魔術師アネモスの指導のもとで練習をしていたルミナならきっとこの巨大な相手にも勝てる。ただ、それでは何のための実践練習だか分からなくなってしまう。


 ルミナがまだ練習経験の浅い私を実践練習へと駆り出した理由。それは、魔力と魔術の調整を自分の力でできるようにするための訓練をさせるためだ。実際の獣やモンスターと本当に遭遇したという設定のもとで、緊迫感あふれる状況であえて練習を行うことでより魔術の実践的な使い方を学ぶためのもの。



 彼女に倒させるのは、ただただずるいだけだ。



 それに今回は練習という意味も込めて彼女には私の不安を払拭してくれる魔術結界も張ってもらっている。最も環境破壊や外部への影響を阻止するためのようなものではあるが、ただ訓練のためにたくさんの準備をしてくれたはずだ。



 


 冷たい空気を取り込んで硬さを増した雪の塊を悴んだ手のひらで強く押して私は地面を掴んで立ち上がった。背中の痺れは体を支える足にまで徐々に広がっていき、悲鳴を上げる。ただ私は倒れないよう必死に足の裏に力を込めた。



 私の目と鼻の先にはまだ巨大な影が低い唸り声を上げている。


 その時私は気づいた。純白の雪の絨毯の上に溢れた青紫色の液体の塊を。私達人間にはない、「血」の色を。




 こいつは――モンスターだ。




 まあ、よくよく考えてみればこんな怪獣のような獣が存在していれば恐ろしい話ではある。モンスターは空気中に漂う余った魔力の塊から勝手に生まれてきた存在であり、その形や姿は多種多様。青紫色の血を持ち、死ねば骨すら残らずチリになって全て消える。そういう存在だ。




 そして正面から見下ろされてみてようやく私は感じ取った。



 異常なほどの魔力量だ。


 アネモスが持つ魔力に匹敵するほどの力量を感じる。


 普通に考えて練習開始一発目から出てくるような相手とはとても思えない。ルミナは想定内だったのだろうか。




 その時、その巨大なモンスターは頬の肉が切れ、顎が外れるのではないかと思うほどに大きく口を開き、長い犬歯と無数の尖った臼歯を見せつけ……そして、そのさらに奥、喉の底から、何かを私に向けて射撃した。





 漆黒の、塊。




 周りの光を吸収してさらに黒く輝く魔力の塊でできた射撃が私に襲い掛かった。





「……うっ!」




 その途端、全身の感覚が失われるほどの酷い痛みを感じた。先程背中を打った時に感じた痺れなんかよりも圧倒的に強い痛み。意識を保っていられるのが不思議に思うぐらいの威力。




 全身に浴びたモンスターの漆黒の魔力の塊は皮膚を通じて体の内側にまで浸透して、私の光の魔力はみるみるうちに失われていく。





「闇の…………魔力、か…………」





 私が必死に喉から声を絞り出して問いかけてもそのモンスターは瞬き一つせず私を蔑むように見つめるだけで「そうだ」とも「違う」とも言わず、私が苦しむ様を楽しんでいるように感じられた。






 闇の、魔力……



 そんな、信じられない…………





 ただ、経験が気薄なだけなのか、それとも本当に珍しいのかは分からないが、私の今ここに立つこのモンスターは、闇の魔力を持っている。





 体が内側から破壊されるような痛みに、私はまた倒れ込みそうになるのをグッと堪えて、地面を踏み続ける。





 そして私は体の中に僅かに残った光の魔力の濃度を上げた。



 杖の先で弾ける光はただの光ではない。触れば痺れる。ショートすれば燃える、雷の魔力。






 一度呼吸を整える。



 そして私はそれを解き放った。




 光の魔術とはまた違った輝き。白の中にさらに白さを持ち、内側からの光は空気の間を縫うように裂け、杖の中を流れる魔力は痛い。




 一瞬の間の後には、耳を劈くほどの鋭い雷鳴が轟いた。




 なんだろう。ルミナ相手の練習の時よりも魔術を放ちやすいように感じる。成長なのか、気のせいなのか。





 だがしかし、私の解き放った全力の雷属性の攻撃ですら、間合いがまだ広いせいなのか、魔力が分散し、その頑丈なモンスターの表皮を貫くことはできない。ただ首筋に添うように薄く傷をつけるだけでそこからまた青紫色の血が溢れて表皮を伝って雪の上に滴った。






「「「「「ギャアアアアア!!!!!」」」」」





 ………………!!





 その咆哮は、先程のものよりもより大きく……



 私は途端に眩暈がした…………

 

思ったより長くなったので、次話に繋ぎます。すみません

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