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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第五章 隣国・ミリステッド国 特別な力・立ち向かう覚悟編
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第五十一話 できない、ではない


 

「じゃあ次は私が先にお手本を見せるよ。よく見てて」




 ルミナは私の目の前で全身に魔力を纏い軽々と空中に飛び上がった。そうして手に持った杖を地面に向ける。


 その様は、練習初日……アネモスが私に挑んできた様によく似ている。魔力量に差はあるけれど、それでもルミナにはアネモスと同じぐらいの強さを感じた。



 杖の先が黄金色の光を纏い、包み込まれた光の結晶がパチパチと小さく弾け出す。それは太陽の光を反射し、輝く。




 カッと見開いた翡翠色の目の中には、狙いを定めた一点だけを見つける、揺るがない何かがある。




 そして蓄えられた魔力は、杖の先から目で直視したら焼けてしまうほどの強い光を放ちながら、一瞬で地面を焼いた。それを連続で何本も何本も繰り返していく。



 出来上がったのは、なんの形の崩れもない、まるで定規で測って計算したかのような、美しい星の形。



 彼女は技名も言わなければ詠唱もしない。それなのに、魔力を込めるだけでこれだけ激しい技を繰り出せる。自分の持つ魔力と本当に同じなのだろうかと思うほどに。




「よし、こんな感じかな。今は相手がいないから、適当に星を描いてみたけれど、こういうこともできるよ」



 ルミナは軽く笑みを浮かべながら地面にそっと足をつける。着地の瞬間、風が衣の裾を小さく膨らませた。



 ルミナは私の方に歩み寄り、自分で付けた焦げ跡を指で撫で始めた。


 ルミナの持つ杖からは、薄く白煙が上がっているのが分かった。


 私も近くに寄ってそれを触ってみた。


 ――その焦げ跡は想像以上に深い。そしてその奥には、ルミナが使った光と魔術と意志の熱が仄かに残っている。





「攻撃名も言ってないし、詠唱もしていないのに――」



 気づくと私はそう言葉を漏らしていた。



「そうだね。私は攻撃名も言わなかった。言うのは必須じゃない」



 さらにルミナは続ける。



「それに、攻撃名を言うことでこっちが不利になる可能性もある」



「不利……」



「ええ、もし相手が攻撃名だけでなんの技かを出される前に察知できて仕舞えば逃げられるから」



 当たり前のことのはずなのに私はその()()()()に気づいていなかった気がする。




 研究員と初めて鉢合わせた時、詠唱もしたし攻撃名も言いまくっていた。それだからなのかは分からないが、あっさり相手に自分が光の適性を持つことを伝えてしまった。



 それにあの時、研究員はこう言った――


 最初にリトル。お前を処罰する、と。




 結局言っても言わなくても不利なのに変わりはない。だが、言わずに攻撃ができたのなら、攻撃を発する前に相手に勘付かれることはなかったのかも知れない。

 






 

          ✳︎






「じゃあ、リトルもさっき私がやったのを思い出してやってみて!」




「うん」




 ルミナの行動をもう一度頭の中で再生する。


 記憶力には自信がある。私達は治癒力を持ち、そして記憶力が他のものよりも少し優っている。




 まずは飛ぶ。鳥のように、優しい羽が生えている様を想像する。自由に飛び交い、仲間を引き連れて飛ぶ姿を想像する。



 羽の一枚一枚に、暖かな空気の層を蓄えて、そしてその羽で空気を割くように飛ぶ姿を思い浮かべる。




 体がほんの少し軽くなった気がした。そして私は飛んだ。自分の意志で。自分の持つ想像力で。以前はアネモスの手助けあっての『滑空』だったのが。



 地面が遠のく感覚。あれだけ大きかった建物がみるみる小さくなっていく。私の足元には建物の屋根が並び、吹き付ける夕風の冷たさが頬を刺す。



 ほんの少しの恐怖を覚えた。



 この結界は高いところからの落下での怪我までを治すことができないから。



 ああーまた、余計なことを考えてしまう。


 今やることは。『サンダーショック』を空中で放つこと。ルミナの教えだ。




 私は再び想像力を働かせる。自分がこの技を使って、次に何が起きて結果どうなるのかという想像力を。




 攻撃名を言わずに攻撃する。それに関してはそんなに難しいことはない。要するに言わなければいいだけ。




 私は遥か下の方に広がる地面を見下ろす。先程まであれだけ大きく見えたルミナの姿が、今は小さい。太陽の光に照らされて落ちた、中庭を囲む施設の影が伸びて、地面の土が暗くなる。ここに閃光を轟かせて、この地面に深い傷をつける。ルミナがやったように。



 

 目を閉じて呼吸を整える。そうしているうちに杖の先がパチ、パチと小さく爆ぜ始めた。



 よし



 私は杖をルミナのいない方の地面に向けて伸ばし、さらに強めに魔力を流した。全身を纏う魔力を一点に集めて、そして――



 目を開ける。



 と同時に目の前が白くなった。眩い光が私の視界を覆う。思わず再び目を強く閉じた。




 ドンッという、大きな音が轟いた。


 空気が揺れた。


 あまりにも強い。



 …………暴走でもしたか?




 途端に、体が痺れた。神経が震えて、体を動かすために流れる、微弱な電流の流れが狂い始める。




 このままではまた空中から落下してしまう。



 仕方なく私はゆっくり降下して地面に足をつけようとした。しかしその足はガクッと折れて私はすぐに膝をついてしまった。



 呆然として私は立てずにその場に膝をついたまま。


 自分の手と持っていた杖を順番に眺めた。


 まだ本格的にやろうと決めてそんなに経っていない。魔術の原理を知ったのも最近の話。だからできないのは仕方がない。



 でも、私の中では不安があった。



 あまり時間がない。

 いつ祖国に帰らないといけなくなるか、下手したら今ここに研究員がやってくるなどということも考えられる状況なのに。


 



「うーん、やっぱりまだ難しかったか……」



 背後で小さな声がした。



 ビクッと体を震わせる。




「ほら、立って。まだ膝を付くのは早いよ」



 言葉は強いのに、優しい。暖かな息が伝わる。



 自分は何を考えているんだ。魔術の練習中は負のことは考えるなと何度も言っているのに。

 





 甘えたいとかそういうわけではない。でも不安に思うのだ。このままこんな練習をしていていいのかと。するとルミナは察したように言った。





「魔術ていうのはそう簡単にできるようになるものではない。元々上級者向けの技なんだよ。闇雲に練習すればいいというものでもない」





「じゃあ、どうすれば……」




「本来は、学校で魔術を専門に勉強をするカリキュラムを取って勉強をすることを推奨されているんだけど……あなたにはそんな時間はない。だから」




 ルミナは私の感覚を失いかけた手を優しく握り。その翡翠色の瞳を私に向けて言った。





「やり続けるしかない。数日で無理なんて弱音を吐くのは早すぎる。やる続けるしかないんだよ。できない、ではなくて、やってみようって思う心を失わないこと。それに尽きる」





 ルミナの言葉は鋭い。でも何故か全て優しさに思える。




 私は研究所から逃げ出してから、そして闇属性の特性を持つ研究員に襲撃されてから、ずっと弱音ばかり吐いてきたと思う。その度に自分を鼓舞してできる限りの抵抗はしてきたつもりだが、何度そうしていても弱音を吐こうとする自分のか弱いこころは強化されていく。




 一人が怖いか


 ――怖い



 死ぬのが、怖いか



 ――怖い







 とにかく、怖い。できることなら避けたい恐怖。






 自分の人生を奪われて悔しくないのか!




 ――悔しいよ




 だったら、諦めてはいけない。






 かつて、スケールが言ってた言葉が蘇る。

 




 彼は追い詰められても自分だけではなく、大切だと思っている誰かを励ましてきていた。




 それがどれだけ私にとっての栄養になっていたのかというのは計り知れない。





 声をかけられる側になり続けるのではない。



 私も、成長しないと。







 私は、再び自力で立ち上がった。

 





 ルミナが的を一つ立てる。



「さぁ、これを狙って撃ってみて!」




 痺れただけ。それだけ。魔力の消費によるショックとは違った症状。



 まだ、まだ。




 小さく呼吸を整え、私は的に向かって杖を伸ばす。





 杖の中を私の魔力が流れていく感覚がした。球の形を創造して硬さを作る。



 いつもと同じ流れを。いや、打つ度に少しずつやりやすい方向に変えながら魔術を生成していく。



 同じことの繰り返しでは、同じ強さの術しかできない。それをすることでかえって逆効果になる可能性はあるが、それで足止めをするより、やってみたほうがいい。



 その時、空気の揺れが爆音とともに私の耳に轟いた。


 私は思わず身を低くした。心臓がその空気の揺れ故に強く鼓動を繰り返し、私はその場で一瞬硬直してしまった。



 手の奥に、重い振動が残っている。


 魔術は、人を簡単に殺せるものだということを生々しく語ってくるようなそんな感覚がした。



 それは昔()()()で聞いた、銃声によく似ている気がした。



 

 私も、魔術を使って研究員を殺したことがある。


 今使った技は、銃弾のそれに似ている。



 

 しばらくして、恐る恐る体を起こし、音がした方を見る。


 

 ――遠くにあった木製の、硬そうな的に大きな穴が空いていた。






「ねぇ、ルミナ。私……」



 

 また、不安になってきた。これだけ鋭い技を私は出した。出せてしまった。



 それはすなわち、魔力と魔術という術を使えば、簡単に人を殺せるということ。



 

 私は、その的の小さな風穴をじっと見つめた。冷たい風が、私の緊張する心の締め付けを強めていく。



「そうね。魔術は、簡単に大勢のモノを殺せる。ここに生きる私達は生まれながらに武力ではない、殺す術を持っている。それは時に負に走ることもあるが、自分を守るために使わなければいけないこともある」



 ルミナは淡々とただ私にとっては恐ろしいことを口にした。



「時に数万、数十万単位の命を簡単に灰にできる力が、私達には最初からある」

 


 ルミナの、先程とは全く違う冷酷さを極めた声に私は体が震える思いがした。



 私は、治癒力で人を癒す力を持ちながら、それとは相反する力も同時に秘めている。力が対立している。



 

 癒すための力を持って生まれてきたはずなのに、私は今、殺すための術を身につけようとしているのだ。




「ただ私達はそうして歴史を変えてきた。時に戦い、そして和解する。それを繰り返す。それが、歴史を変えるということ。できることなら戦いたくないけれど、そんな綺麗事だけでは成立しない、薄汚れた世界だから」




 ーーそれは時に必要になることもある。


 薄汚れた世界で、生きる術。


 

 自衛のための、力。




 怯えていて、どうする。




 それでは、長と対立することもできないではないか。


 


 私は少し憤りを感じつつも再び杖を構えた。


 


 あれは偶然に近い現象だったのか――自分でも分からない。ただ、『シャイニーボール』とは確実に違う感覚と速さと爆音に、違和感があった。


 

 

 でも、最終的には偶然じゃなく、意志で放たないといけない。偶然は、何度も発生しないから偶然というのであって、偶然できた、というだけでは通用しない。









「『シャイニーボール!!』」








 杖の先が強い光を放ちながら何度も明滅する。そして大きく、硬さのある球が生成され、それは先ほどと同じく、鋭い弾丸のように的に命中した。




 あ、



 私はそれを見届けると同時に口を押さえた。



 しまった。攻撃名を言ってしまった。それも敵に聞こえるぐらいの大声で。





 立ち尽くしていると、再びルミナの声がした。





「まあまあ、攻撃名を言わないのは理想だけど、いざという時は出てしまうものだからそこは気にしなくて大丈夫よ」




 少し安心されるような、ただどこか苦笑するようなそんな声音で言う。





「それより、少し威力が増してきた感があるわね。何度でも私は言うよ。やるしかない。練習を続けるしかない。魔術はやり続けることでカタチになるものだってね」





 ルミナは私の方に歩いてきて、そしてボロボロになった的の破片を私の手の上に乗せた。





「………………これ……」




 それは間違いなく、私が撃った的。



 ところどころが黒く焦げていて、焼けたような香りがした。





 それは、アネモスと一緒にやっていたのとは違う。



 遊びの魔術ではない、また一味違った緊張感が、私に降りかかった。


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