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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第五章 隣国・ミリステッド国 特別な力・立ち向かう覚悟編
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第五十話 光の開花 〜魔術に必要なもの〜

今まで、復讐と憎しみと、敵に勝ちたい。


それだけで練習に励んできた、リトルだったが……


 

「ねぇ、リトル。リトルはさ、すごいと思うよ」






 翌日。中庭の隅にあるベンチで昼休憩をしていると、突然ルミナはそう言った。



 




「だって、追っ手に追われているという苦しみを背負っているはずなのに、強くなろうという意思をずっと燃やし続けているもの」







 ルミナの声はほんの少し震えていて、透き通っていて、どこか生暖かい、優しい風を感じる。




 



 肌寒い風が打ち付ける中庭の空気の中で、その一言が私の心を優しく温めていく。







「私は多分、すぐ逃げたくなると思う。すぐ楽になりたいって。何にもない世界に、いきたいって思ってしまうと思う。情け無いけど……」



 



 ルミナは視線を下げ、少々震えた声で言った。語尾が沈んでいく。


 



 私はその言葉を聞いて考えた。






 私はどうしてここまで勝てるはずのない相手に立ち向かおうとしているのか。どうしてここまで魔術を練習して強くなろうと思えるのか。




 

 長のことが許せない。

 



 研究員のことが、憎い。




 意味のない戦争を、終わらせたい。





 私は、モノじゃないって分かって欲しい。

 




 そして確実に、今目の前にいてくれる施設のみんなが保護してくれたから。






 今は頭の中の七割以上は憎しみと、悲しみと、反逆心が占めている。これでも助けたくれたここの人達のお陰で三割ほどは減ったけれど、絶対にゼロにはならない。





「私もね、多分強くはないよ」



 

 私はぽろりと小さく言葉を漏らした。




 それは、私の正直な気持ち。




 リアにも「強い」と言われることがあるけれど、私は全然強くはない。寧ろ、弱いぐらいだ。




 最初の頃はよく泣いた。




 仲間がいない、一人だけのしかも荒廃した世界で生きていくなんてできるはずがないから、例え長に勝ったとしても仲間と一緒に死ぬとまで言ったことすらある。



 そして、スケールと約束して能力は秘密にすると言ったのに秘密にできず、結果的に見つかって戦闘になった。だが、そのお陰でソルフィアという研究員が突如として現れた。



 


「初めて研究所に連れて行かれた時、本当に心の中が空っぽになって、たっぷり水の入っていたはずの器の底が露わになって……そしてヒビが入るほどだった」



 

 

 研究所の中に閉じ込められてから、逃げ出すまでの三年間、何も感じなかった。何をされても何も言えなかった。言う気力すら湧いてこなかった。



 二年目ぐらいから同じ研究員が毎日のようにやってきては、何か長い話をして帰ってゆくという風になったけれど、当時の私にはただ風のように頭の中を流れていくものでしか無かったのだと思う。


 楽しい記憶がないのだから。





 

 周りに広がる空間はいつも無彩色で、だからこそ外に出て初めて触れた光と色の美しさに、心の底では表せない程の驚きと感動を抱えていた。ただ、どうしても不安の方が何よりも優っていた私には、素直にそれを感情としてすぐに表に出すことはできなかった。




 

 スケールに連れられて行った高台での風景を見て初めて、やっと一言「きれい……」と言えた。




「でもね、今こうして生きていけるのは、アネモスやアンナ、そしてルミナ。君達のおかげだよ」




 私がそういうとルミナは一瞬驚いた表情を見せ、それから小さく笑った。




 私達の周りを取り巻く空気が、さらに温かみを増してゆく。先程までずっと冷たいと感じていた風もほんの少し暖かい。





「君には細かいことは言っていないけれど――」



 ルミナ。


 君にも、私のことを知って欲しい。


 

「でも、私にはちゃんとリトルのことは分かっているよ」




 私の言葉の続きを遮るようにルミナは言葉を被せる。


 その言葉を聞いて、再び私の中で何かが蘇ってくる。

 


 昔、何度もそう同じことを言われた。


 

 分かってもいないのに、分かっていると偽って何度も何度も血液毒を流し続けては狂気の笑みを浮かべる研究員の声と行動が記憶の片隅から顔を出してくる。



 

 でも今その言葉を受け入れられるのは……



 

 彼女が本当に、()()使()()()だからなのだろう。




 今の私にはまだない。ルミナの魔力には特有の光の暖かみがある。熱くも温くもない。心地いい、心の深い闇を浄化するような、そんな暖かさ。





「光と闇ってね、光の方が弱い。だから派生である雷が生まれた。でも、元は光だからどうしてもダメージは大きい。なんだけど――」




 彼女はそこで一旦言葉を切り、そしてベンチから立ち上がって、私に杖を向けてきた。




「光だって、本当は負けてなんかいない。光にはね、多くの人々の心を温めることのできる力を持っている。



 リトルが光属性の適性を持っているのはきっと、内に秘められている、本来の優しさの塊だと思うんだ」




「優しさの……塊?」




 思わず私は聞き返す。




「そう。それができるようになって初めて光属性としての力が倍増する。光が倍増すれば自然と稲妻の力も増してゆく…………能力の、花が開く」



 ルミナの光の杖が魔力を纏って薄く輝き出す。その立ち姿は、私よりもずっと真面目でしっかりしていて、なのに偉そうな感じでは決してない。


 その言葉もまた、自然なもののように思えた。



 

「優しさ、かぁ……」




 思わず口にした一言は、耳に強く跳ね返り、頭の中に優しく染みを作った。



 

 今までずっと、復讐と怒りと、恐怖と、そして自分の自衛のことばかりを考えて練習してきた魔術とは違う。




 私の心の中に刻まれた傷は消えない。最強の治癒力であっても決して消えることはない。どんどん積み重なって、積み重なって。それが割れて崩れ落ち、私は一時期心を失った。



 研究中、ずっと優しさというのは無意味だと言われなくてもそう言われているような瞬間が何度もあった。



 感情を閉ざすこと。


 感情を捨てること。


 負の感情以外の全ての感情を捨てて無になること。



 それをすれば楽になれると、何度だって聞かされた言葉だ。

 





 


 でも、魔術はそういった負の感情だけでは成長しない。





 


 今目の前に立って、優しさの光で私を導いてくれようとしているルミナが、その証明だ。





 


「さて、前置きはおしまい。じゃあ練習を始めようか」





 ルミナの一声で私は練習用の光の杖を握る。




「じゃあ、いくよ」




 周りの安全を確認して、私は昨日と同じように杖を真っ直ぐ向ける。そして昨日の動作を思い出す。



 想像。


 その中にある余分なものは取り除く。



「『シャイニーボール!!』」



 杖の先に熱い熱を感じる。体の奥から流れ出る魔力が吸収されるように一つに結びつく、くすぐったい感覚。どんどん一点に集まってゆく。



 そしてそれは激しい砲声を上げながら飛び出し、光の中へと溶けて散っていった。

 


 なのにどうしても連続打ちをしようとするとどうも体が重い。




「リトル。一旦、落ち着こう」



「落ち着く……?」



 さっきからずっと落ち着いてやっているはずだ。落ち着いてゆっくり想像力を巡らせてやっている。



 それなのにまるであなたには才能がない、あるいは伸ばせるはずのところが欠落していると言われているかのように、すぐに体が言うことを聞かなくなる。




「今のリトルの中には、激しい復讐の影が見える。極力までそれを抑えないと、ダメなんだ」




「そんなの…………」



 できるわけがない。



 

 という言葉が頭の奥に浮上する。でもそれをルミナに直接ぶつけるのを堪える。



 

「……………………光は多くの人を優しさの塊で温めることで強くなっていく。



 そこには多少の憎しみがあるのは当然だけれど、憎しみ百パーセントの魔術の中には、自分の意図しない魔力が大量に用いられてしまう。



 難しいかもしれない。特にリトル、あなたにとっては。でも私がそれを言うのは、あなたが光属性の特性を持っているからなのよ」




 ルミナは遠くの方で、それでもしっかり私の方にその翡翠色の瞳を向け、はっきりと言った。





 

 目を閉じて心の奥を落ち着かせる。ゆっくり深呼吸をして、溢れ出そうとしている闇の心と感情を優しく抑える。




 でも、それもすぐに揺らぎ出す。


 どうしても、頭の中にあの白い白衣を私と仲間の血で染めた研究員の顔と血赤の生々しい光が出てきてしまう。



 その度に手が震え、私の脳内を冷たい脳汁が逆流する。手のひらの上が冷たい冷や汗に濡れていく。



 復讐以外の、不安と恐怖が出てきてしまった。



 優しさの心、暖かい心が何故だか水不足で萎れてゆく花のように砕けていく。






「リトル。今までの中で、あなたの感情を蘇らせてくれた存在は何……?」





「……………………」




 呆然と固まった頭の中を、ルミナの声が反響する。





「………………それは」





 

 仲間。





 一番最初に助けてくれたスケールの金の光。銀の槍。あの頃の私を導いてくれようとした優しい存在。




 自力で研究所から脱出する強い勇気を持ってついてきた仲間、ルティア。





 雪山で助けたことをきっかけに、前のパーティから脱退してまで私達についいてきてくれた、リア。





 研究所の長に支配されながらも守ってくれている優しい研究員、ソルフィア。





 祖国から追い出され、大怪我を負った私達を救ってくれた、大魔術師アネモス。


 


 そして、アンナにルミナ。





 鍛治師のガーディにも優しくしてもらった。





 負の感情以外捨てなさい――




 いや、私は…………


 そんなの……違う……




 

()()()()、それを知った、私だ。





 空は淡く朱に染まり、秋風が頬を撫でていった。その風はひんやりとしていながら、不思議なほどに心地よい。どこかで止まっていた時計が、静かに再び動き出す音がしたような気がした。



 

 ――この感情を、たとえ再び失うことがあっても。


 


 きっと、それさえも無駄ではない。

 どんな痛みも、どんな喜びも、今の私を形づくる糧なのだから。



 

 気づけば、魔力の流れが変わっていた。

 ずっと重たく、鈍く滞っていたそれが、今は澄んだ川のように体の内を巡っていく。光が、ほんの少し、強くなった気がした。

 





 この感情を例えまた失うことがあっても、何一つ、無駄なものなんてない。



 ()()()()()()()()()




 魔力の流れが、ずっと重かった流れが、なんだか少し軽くなったように感じる。




 小さな魔力の光が、杖の先で小さく弾ける。私が一生懸命考えて、心の奥で必死にその形を再現して想像して作ろうとした術とは少し違う感覚。



 

 私はそっと目を開けた。



 暗闇に包まれていた視界に、再び施設の庭の、自分の立つ地面の、茶褐色の土の色が太陽の強い光を浴びている様が飛び込んできた。




 その上に一本の光の筋が描かれたのは、その直後のこと。




 少し遅れて、ビリビリとした電気が流れるような、肌の上を棘のある何かが撫でるような感覚がした。


 


 

「………………できたみたいだね……」




 


 ルミナのどこまでも小さく、優しく、透き通る声がした。そして私の消えた魔力の波の先を見つめるように遠くに目を向けた。



 



「『サンダーショック』



 リトルが出した、雷属性の新技だ」





 え……?






「これが、光属性の真の力。あなたの中の光の魔力が花開いたんだよ。そうしてそれは、少しずつ結びつきを強めて強くなってゆく。その階段を登るために隔てられた壁を超える。



 私が今日、あなたに教えたかったのはね……そのことだったのよ」






 ルミナはそう、優しく笑った。





「今のは、どう、だった……?」




「ええ、最初の一発よりかは確実に良くなったと思うわ」

 




 出来ればいつも、そうしていたい。

 




 

 いざ目の前に研究員や宿敵がいたら難しくなるかもしれない。でも、そうであっても、十割のうちの数パーセントはいつもどこかで小さな感情の火を燃やし続けられるように。




 

 私はこれからもルミナと共に歩み続けたい。




「ありがとう……ルミナ。いつも大切なことを教えてくえて」




「ううん。そうして私はリトルを確実に、心から強くしたいって思うの。戦いに勝つには、復讐心や怯えや恐怖だけでは勝てないのよ」





 当たり前のはずなのに、当たり前じゃない。



 なんだか、不思議な感覚がした。





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