第四十九話 本格的な練習へ
「あ!リトル達!それにアネモスも!おかえりなさい!」
施設に入って最初に茶髪のツインテールを揺らしたアンナと、ルミナが出迎えてくれた。
「アンナ!ルミナ!久しぶり!」
ルミナはせいぜい三日と言ったところだから、久しぶりというのは違うか。でも、アンナの顔を見るのはほんの少し久しぶりな気もしなくは無い。
「アネモス、随分遅かったね。何してたの?」
アンナが聞く。
確かに最終日の今日ももう一日の終わりが近い。
頭上の一部がガラス張りの作りになっている天井からは、橙色の強い光が差し込んで来ていて、私の立つ床には長い影が映し出される。太陽ももうすぐ沈む頃合いだろうということが感じられた。
「西の方に行ってたの。リトル達も連れて久しぶりに私のお父さんに会いに行ってきたんだよ」
「アネモスのお家に泊めさせてもらったの!」
アネモスに続いて、リアが満面の笑みで言う。アネモスが言うより先にどんどん思い出話を話し始めるリアに対してでも、「へぇ、いいねぇ!」と二人はしっかり頷いて話を聞いてくれる。
「ちなみに二人は何処へ行っていたのか?」
スケールが聞く。先にルミナが口を開いた。
「私はね、久しぶりにお家に帰ったの。みんな元気そうだったよ」
ルミナは久しぶりに自分で作った料理を食べたといった話をした。
家に帰るという選択肢の無い私は、話を聞いていく中、家と家族の温もりを思い出す。
「私はね、家族と光の泉に行ってきたの!」
次いでアンナが語り始める。
「光の泉……?」
聞いたことが無い。まあ、この三日間で初めてこの国を散策したわけで知らないのは当然だ。あまり行くなとは言われているけれど、東の方にも少しだけ行ってみたい気はする。
「光の泉は、別名『癒しの泉』っていうの」
光の泉――それは、東にある山脈の途中にある、黄金に輝く泉とのことだ。そこにいくと失われた魔力を回復し、ストレスや疲れを癒してくれるのだと言われている。
「いいなぁ!今度行ってみたい!」
リアが目を輝かせて言う。
本当にそのような場所があるのなら、見てみたいと私も思う。
「でも、東は荒れている部分があるから、絶対に二人以上でいくことね。危ないから夜までには帰るようにしたほうがいい」
リアの笑顔と期待の声とは裏腹に、アンナは真剣な声音で言う。それでもリアはずっと目を輝かせていた。
「ところでルミナ。突然なんだけど、明日からはリトルに魔術を教えてあげて欲しいんだ。ここからは属性に特化した教え方になると思う。私は風・炎・水。光は使えないからそもそも教えてあげられない」
唐突にアネモスはそういった。私は昨日の夜、その話は聞いていた。だから理由はよく分かっている。
ルミナは……困惑はしていなさそうだ。「ようやく私も教える役になったのね」などと言って、胸を張っている。
「ルティアとリアは炎だから私が継続して教える。でもスケールはどうしようか……」
アネモスは困ったように視線を彷徨わせる。私もよく話す彼ら三人の中で氷の適性を持つ子がいるという話を聞いたことは無い。
すると、アンナがスッと右手を挙げた。
「じゃあ、私が教えるよ!私は特性・水だけど、氷も使えるんだ!」
その一声を聞いたスケールはゆっくりアンナに歩み寄り、軽く挨拶を交わしていた。
「明日からまた通常に戻るからゆっくり体を休めてね」
アネモスはそれだけ言って、一人でにどこかへ行ってしまった。私達は軽くルミナ、アンナ、そして他の皆と軽く打ち合わせをしてから部屋に戻ることにした。
施設の窓をじっと眺める。漆黒に包まれた窓。自分の姿が反射している。
冷たかった深青の瞳の奥にはほんの少し光が滲んでいるのが分かった。冷たい心が少しずつ温められて、触ると暖かいぐらいにはなってきた。これも、アネモスのおかげだ。
アネモスに助けられなかったら、今頃どうなっていただろう。研究所の手の上で転がされて、もしかしたらもう存在していないかもしれない。
ただ治癒の光の結晶……生命の骨と血潮の残骸だけが散らばっているような、そんな光景が浮かび上がった。狂気の顔を思い出すたびに私の目からはたびたび光が消えていく。
多くは自分の力量にかかっているのは分かっているけれど、少なくとも今の状態では確実に太刀打ちできない。
ああ、でも。
私はアイツに立ち向かえるのだろうか。
そういつも思ってしまう。
私が本当に求めているものって、なんなのだろう…………
✳︎
今日もものすごい量の情報を頭に詰め込まれる……そんな授業だった。
私が知っている二つの国以外にも三つの国があって、そこにはどんな文化があって歴史があって何があるのか、といった内容や私の知らない言語の勉強だったりとか。
「あぁー、つかれたぁ」
授業が終わるや否やぐったりと私は机に突っ伏す。急に現実に引き戻された感覚がして、体が重い。
ただここからは楽しみにしていた魔術練習の時間だ。
「リトル、大丈夫……?」
鈴のような明るい声。私の左隣に座っている、ルミナの声だ。私がこんな態度だったから心配してくれたのだろう。
私はゆっくり首を横に振って立ち上がった。
✳︎
施設の広い庭の一角――
気が付かなかったがここにも薄く結界の膜が張られていた。ルミナ曰く、この前まで使っていた場所はアネモスが占領していることが多いらしく、他の子供達も練習できるように、施設の至る所に結界を張っているらしい。
中庭は驚くほど広い。中央に噴水を建てられるほど。私がいるのはその中庭の端にある、柵で囲まれた一角だ。今日はここで練習するとのこと。
冷たい空気、冷たい風。頭上は晴れていて、青空で。その太陽の光は暖かいはずなのに、周りの空気がそれを冷やして冷たくなって跳ね返る。
私の正面にはルミナが真っ直ぐ立っている。彼女の手には私にはない、杖を持っている。以前、ルミナとアネモスのバトルの時は感じなかったが、こうやって正面に立たれると、同じ属性を使うはずなのに、私にはまだない強さを感じた。
「さて、じゃあ、始める前に……」
ルミナはそう言いながらゆっくり私に近づき、私の手にルミナの持つものに似た、大きな金の杖を乗せてきた。
私が以前使っていたものよりもずっしりと重く、魔力の流れがはっきりと感じられる。
「これは……?」
「これは、アネモス厳選の光の杖。練習用に作られたものだから魔力の流れが感じやすいように作られているの」
練習用の、光の杖……。
そんなものがあるなら最初から使わせて欲しかった。最初、アネモスと模擬戦をすることになった時、「武器がないと戦えないとか言っているうちは強くなれない」とか言って素手で戦わせてきたのに。
でも、それも一種の優しさなのかもしれない。武器が壊れて戦えなくなってしまえば負けが確定する。そうならないためにも、武器に頼りすぎてはいけないということを言いたかったのだろうから。
右手に乗せられた、全体が金色に輝くそれをしっかり握る。私の持つ、光の魔力を吸収して、それはさらに光を放っているように感じた。
「さて、無詠唱でどこまでできるようになっているのか、見せてくれるかな?」
「分かった」
無詠唱。
この間、教えてくれたことを思い出す。
――魔術は想像力。原理が分かれば基本的になんでもできる。制約があるのは魔力が結びついた属性の違いだけ。それ以外はみんな一緒。
そうか。原理。
目を閉じて考える。
光の弾。魔力の中に、太陽から来る熱い熱線を取り込んで、固めて、作られたもの。魔力を限りなく透明にして、光を強く跳ね返す。
「『シャイニーボール!』」
私がそう一声技名を発すると、比較的大きめの光の弾が、強く反射して白く、熱く輝く弾が杖の先で形成されて勢いよく飛び出した。
そのままそれは結界に当たって静かに溶けた。
「………………すごいよ、リトル」
小さく手を叩きながら、ルミナは私の元へと歩いてきた。
私は呆然とした。
本当に、無詠唱で光の魔法が使えたのか……?
速すぎてよく見えなかった。ただ、少し魔力が減った気がするから、上手くできたのだろう。
「前は余計な魔力の流れがあったからね。今はそれがだいぶ抑えられて、ちゃんと操れていると思うわ。じゃあこの調子で何発か連続で撃ってみようか」
「連続で……?」
「ええ」
連続打ちか。詠唱をしていると連続で何度も同じ技を打つことですら難しい場合が多い。詠唱が必要なくなったことで、連続打ちもできるということか。
再び想像力を頭の中に巡らす。先程やったのと同じように、いや、もっと大きめの弾を狙おう。
「じゃあ、いくよ!!」
私はルミナのいない方向へ杖を向け、そのまま魔力を強めに流す。強めに流しながらも、全部使い切らないよう注意しながら調整する。
光を多く取り込んでいるのか、体の周りがほんのり暖かさを感じる。
一発、二発、三発…………
次々に私は光の弾を生成して撃ち続けた。
その度に体の外側と内側を流れる魔力が減っていく感覚が激しい。
なんだろう、治癒力を使いすぎた時とは少し異なるけどどこか似ている、貧血のような……体が重くなってくる。
四発目……五発目…………
どんどんその玉の威力が落ちていくのが、自分でも分かった。練習用の杖を使っていてもなお、魔力の流れ方が最初よりも格段に低下しているのだ。
まずい、だんだん苦しくなってきた。
集中力が切れてゆく。頭の中を掻き回されるような感覚……
「リトル!大丈夫……?」
はっ――
まずい。ルミナが後ろに来ていたことに気づかなかった。
「あ…………う……ん」
視界がふわふわしていく。魔力切れ……?そんな。
なんだか早い気がする。詠唱をしないと集中力を酷使するから、魔力の消費が早いのかもしれない。
これでは普通に詠唱して一発づつ丁寧に技を出した方がいいのかもしれないと思うほど。
「少し、休憩しようか。急に魔力が失われたことによる、ショック症状に近い」
「ごめん……」
まだまだ弱すぎる。
治癒力による重みと、魔力不足による重みが同時に来ることがもしあったら。私は果たして耐えられるのだろうか。
「漂う魔力のカケラをかの者に注ぎ、魔力を回復せよ『チャームヒール』」
ルミナが、何か魔法を使った。また知らない魔法だ。
一体なんだ……?
ほんの少し体が軽くなった気がする。まだ重いけれど、先程よりもずっとマシだ。そんな急に回復するようなものでもないはずなのに……。
「少し、楽になった……?」
「え……あ、うん」
まだ、何が起きたのか理解が追いつかず、私は辿々しい回答をする。
ただ、ルミナは軽く笑みを浮かべていった。
「私の魔力の一部を分けたのよ。私とリトルの魔力は同じ光だから。炎、雷の場合でもできるけれど、それ以外は反発するから使えない。
同じ属性の味方を回復する時に使う、一般魔法ね」
座ったまま体を見下ろす。確かに、ルミナの魔力が馴染んで、ショック状態から脱却している。
「ありがとう、ルミナ」
「このぐらい大丈夫。まあ、今日はここまでにしておこうか。これから少しずつ一緒にやっていこう」
「うん……」
ルミナがいなければ、『シャイニーボール』の連続打ちすらできないのは問題が大きすぎる。
やはり、精神的な状態以外にも毎日練習を続けるしかないのかもしれない。




