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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第四章 隣国・ミリステッド国 保護編
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第四十六話 アネモスの家

更新が遅くなり、申し訳ございません!!



 

「わぁ……!あったかい!」



 

 玄関のドアを開けると、温かみのある照明の光が照らし、新鮮な木の香りが漂ってきた。




「今日はここでゆっくりしていっていいよ。大部屋開けてあるから」



「ありがとうございます!」




 私達は靴を脱いで、家の中へと入っていく。その時ふと、玄関先に壺のような何かが置かれているのに気づいた。縦長で藍色をした、艶やかな美しい壺だ。




「ねぇアネモス。これ何?」




「うん?ああ、あれは武器とかをおくために作ったやつなんだけど、結局一般魔術で収納できるから、今はただの傘おきになってるよ」




 なるほど……



 確かに、今の私には武器がないけれど、以前一般魔法の滑空に加えて収納・召喚もリアが試しにやっていた。




「まあ、取り敢えず夕飯できるまではお部屋でくつろいでて」


「はーい!!」




 アネモスが言うとリアが元気に返事をする。やはりリアはどんな時でも頑丈であまり疲れ顔を見せない。




「なぁアネモス。俺料理するの手伝ってもいいか?」



「え……?」



 この暖かな空気が一気に冷めていく。スケールもルティアも、リアすらも……皆固まった。



「ダメか?」




「ああ、いや。別にいいんだけど……さ」




 私は少し目を逸らし気味に言う。まあ今日はアネモスに加えてヴィールさんもいるわけだからなんとかなるだろう。「まあ、やらせてみたら?」とアネモスが言うので、やらせてみることにした。





          ✳︎



 


 案内してくれた大部屋は思ったより広かった。これなら五、六人寝ても問題ない。床には紅色の豪華なカーペットが敷いてあったので、寝転がってみても背中が痛くならなくていい。




 アネモスとヴィールはもちろんだが、リアもソルフィアの様子が気になるといって彼らについて厨房へといってしまった。




 部屋の壁の周りには、張り付くように大量の本棚が並んでいて絵本や小説なんかがぎゅうぎゅうに敷き詰められている。




 開放感のある窓もあり、広いベランダもある。清潔感の漂う純白をしたカーテンは、風で翻るたびにお日様のいい香りがした。



 暑苦しい服を脱いでシャツ一枚になって寝転がる。




 ああ……気持ちいい。




 スケールも体を投げ出して小さな寝息を立てていた。彼がこれだけリラックスして寝ているのも珍しい。



 ふと、部屋の隅に目をやる。するとそこに体を丸めて何かを見つめているルティアがいた。




 近づいてみてみると、足元に本棚に置かれていた絵本が積み上がっていた。何度か絵本を開いては積み上げていたが、ふとその手が止まった。




「何読んでいるの?」




 邪魔しないように静かに声をかける。するとルティアはちらりと私を見やった。




「これはね、私がまだ小さかった頃……研究所に連れていかれる前によく親が読んでくれた絵本なの。お気に入りなんだ。まさかこんなところで再見するなんてね……」




 ルティアは膝の上に絵本を置き、そっと表紙をなぞった。少し擦れた布張りの表紙に、色褪せた金色の文字が浮かんでいる。

 



「……どんな話なの?」

 



 私は床に腰を下ろし、彼女の隣に座った。




「うーん……小さな村の少年が、嵐で壊れた森を元に戻そうと、ひとりで種を蒔き続けるお話。誰も信じてくれなかったけど、何年も経って……森はまた緑に覆われるの」




 ルティアは淡々と語っていたが、その声はどこか遠くを見るように揺れていた。



「優しい話だね」

 


「……そうだね。でも子どもの頃は、ただ森が元通りになるってところしか見てなかった。今読むと……途中で何度も心が折れそうになる場面ばかり目について、胸が苦しくなる」




 彼女はページをめくる。淡い水彩で描かれた少年の後ろ姿が、風に揺れる。



 ――不意に、彼女は笑った。けれどその笑みは、どこか切なかった。



「……ねえ、この話、最後のページ見てくれる?」


 促されて覗き込むと、そこには年老いた少年――いや、もう老人になった彼が、芽吹いた木々に囲まれながら、満足そうに微笑んでいる挿絵があった。



「……森は蘇った。でも、この人は……その瞬間を見るまでに、一生かけたんだね」

 


「そう。報われたのはほんの一瞬。でも、その一瞬のために全部を賭けられる……そういう人って、たまにいるでしょ?」




 ルティアは私をじっと見た。

 その瞳には、何かを確かめるような光が宿っていた。



「両親がこれを私に読み聞かせした意味がここに繋がってくるだなんて、当時は考えもしなかったけど、もし何か関係があったのだとしたら怖いなって、ちょっと思ってね」



「…………なるほど」




 中身が気になったのでルティアから了承を得てさらに中を読んでいく。子供向けの優しいタッチで描かれた絵本なのに、内容は幾らでも想像力が広がる内容だな、と思った。




 ここには……言い過ぎかもしれないが、図書館並みの本がある。探せば懐かしい本も何冊か出てくるかもしれない。


 ――と、その時。廊下から、焦げた匂いと共にリアの大きな声が響いてきた。




「ぎゃああ!ソルフィア!なんで鍋から火が出てんの!?」

 


「待て、これは……計算通り……」



「な訳あるか!!!」



 私たちは思わず顔を見合わせ、同時に吹き出した。



「あーあ、やってるやってる……」

 


 そう言う彼女の横顔は、ずっと柔らかく見えた。

 


「どんな料理ができるのかねぇ?」



 階下から聞こえるドタバタ音とは裏腹に私はニヤケが止まらない。



「………………なんか、変な匂いするな」



 この焦げ臭い匂いに気づいたのか、スケールも目覚めてしまった。そのままゆっくり起き上がると歩いて部屋を出ていく。



「ちょっと見てくる。ルティアも行くか?」



「うーん、じゃあ、いく」



 スケールとルティアが背中を小刻みに震わせながら、絵本を読む私の横を歩いていく。



「あ、待って!私も!」




 結局ゆっくり休むという雰囲気じゃなくなってしまったな、などと思いながら、私も階下へと向かった。






          ✳︎



 


 そこには悲惨な有様が広がっていた。リアが一生懸命水魔法をかけて火を消そうとしているが、ほぼ意味が無いぐらいに燃えている。このままでは火事になってしまう。




「はぁ、まったくもう……」




 それを見たスケールは、呆れながらも左手を翳した。彼の周りに冷たい魔力が漂う。




 冷たい氷の粒が燃え上がる炎を包み込む。だんだんと炎の勢いが落ち着いてきて、ようやく消えた。




「…………危なかった」




 すごく力が抜けて私はその場にへたり込んだ。リアもルティアも……きっと犯人であろうソルフィアも、その場に尻を付く。



「ソルフィアって本当に不器用なのね……」



 アネモスはやれやれとため息をつきながらいい、ヴィールさんは目も当てられないというように手で顔を覆っていた。



「……何作ろうとしたの?」


「シチューだ」


「二度とそのレシピを口にしないで」




 アネモスは深いため息をつき、さっさと鍋を流しに移して水をかけた。ジュッという音とともに煙が立ち上がる。




「…………やっぱり私が作るよ。ちょっと待ってて」

「ごめん、アネモス……」ソルフィアはその一言を聞いて、肩を落とす。自分の不器用さに絶望したのかもしれない。


しかし……よくもまあこんな不器用で研究員なんてやっていたな……と思うに尽きる。




 ――しばらくして。

 さっきの焦げ臭い匂いとは全く真逆の……とてもいい香りが漂ってきた。




 新鮮な根野菜の甘い香り。そこにほろほろに崩れる肉の旨みが混ざり合い、湯気にのって部屋中を包み込む。濃い味付けのルゥのまろやかな香りが後を追い、じんわりと心まで温めてくれる。一口食べてもいないのに、もう幸福が舌の上に広がったような気がした。



「はい、完成っと!」



 トントン、とお玉をを置く音がした。皿を並べて盛り付けをしていく音がする。

 


 先程とは変わりすぎというほどのいい香りに、体が待ち切れないと言う。



「アネモスは料理得意なんだな」



 ソルフィアは出来上がったそれを見て、先程の自分がやったことに対する恥ずかしさからか顔を少し赤ながら言う。



「まあね、他にも人がいるにしてもあの施設の炊飯担当は私だし。料理は得意だよ」



 アネモスも胸を張る。

 まあ、これなら得意と言っても異論はない。

 


「よし、じゃあ食べていいよ!」



 その言葉を合図に、私たちは一斉にスプーンを手に取った。湯気を立てるシチューは、黄金色のスープにごろごろとした具材が沈み、パンまでついている。

 


「いっただきまーす!」リアが真っ先に口に運び、満面の笑みを浮かべた。

 


「……おいしい! これ、毎日食べたい!」



 リアの幸福に満たされた青い瞳が細められる。

 


「気持ちはわかるが、毎日シチューは飽きるぞ」スケールが苦笑しながらも頬張る。


 

 ひと口食べると、ほろほろの肉が舌の上でほどけ、甘い野菜の香りが口いっぱいに広がった。

 


「あぁ……美味しい……」

 


 さっきまでの焦げ臭さは、すっかり遠い記憶になってしまうほどだ。



「これが本当のシチューか……」ソルフィアはうっとりと呟く。

 


「さっきのは何だったんだ?」ヴィールさんがぼそっと言い、全員が吹き出した。

 



「言うな! 黒歴史だ!」ソルフィアが慌ててスプーンを構えると、リアが悪戯っぽく「黒歴史シチュー、もう一回作ってみない?」と返す。




「絶対やらん!」


 笑い声が食卓に弾け、食事はどんどん進んでいく。



 今日の午前中はこの国の裏話なんかして暗かったのに、なんだかんだですっかり元の明るさを取り戻した。




 長くは続かないことぐらい分かっている。ここから少し行った先にある国境の向こう側では支配化されて暴走した住民がお互いに切り合い、殺し合い、無駄な争いを続けていることだろう。それを横目に見ていて、ずっとこうはしていられない。


 



 でも、やっぱり、ずっとこうしていたいと思う矛盾した自分の思いは消えることは無かった。

 

 


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