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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第四章 隣国・ミリステッド国 保護編
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第四十二話 初めて見る景色

明るめの回です!




「あー!!!!宿題やるの忘れてたぁ!」


 翌朝。階下の教育施設に向かう準備をしていた時、私は大事なことを思い出してしまった。授業の時に配られたプリントをファイルから取り出して広げる。問題文だけが印刷され、解答部分には筆先一つ触れていないプリントが憂鬱な太陽の光で煌々と照らされる。


 はぁ……


 私は重い溜息をつきながら、アネモス達が作ってくれた朝食を食べる。すぐに周りの四人は私の異変に気づいた。


「なんか、溜息ばかりついてどうしたんだ?」


 皿の上に乗った食パンを千切って口に含みながらスケールは聞く。


「宿題やるの忘れちゃってさ……」


 私はおかずの野菜をフォークで突きながら正直に答える。


「あ、はは……全く、リトルらしいな」


 スケールは苦笑しながら綺麗に埋まったプリントを私に広げて見せた。綺麗に埋まっている。やっていない問題などない。筆ペンのインクが美しい文字の軌跡を描いている。


「私もやってきた」


 ルティアも肩掛けカバンからそのプリントを見せて広げた。二人とも真面目だ。私は白紙の色が輝いているのだというのに。それにリアも真面目なものだから、仲間が欲しい……。


 そんなことを思いつつも、皿に置かれた食パンを千切って口に運ぶ。

 ここの料理はラリージャ王朝で食べたものなんかよりずっと美味しい。合成のようなゴムのようなそういうのではない、生の原料の味がする。とにかく口いっぱいに広がる美味しさを感じる度に宿題なんてなんとかなるだろと思ってしまった。


 結果、先生に怒られ、私の隣の席で平然と背筋を伸ばして座るルミナに再び助けられてしまった。






          ✳︎


 



 翌日。私達は約束通りこの施設の外にお出かけすることになった。休みの期間は今日を入れて三日だ。


 施設の一階は今日は随分と静かだ。いつも子供の声がするこの辺りも今日は静寂に満ちていて、いつも使っている教室も照明が消えて、雲の隙間からわずかに注がれる太陽の光が照らされているだけの室内は薄暗さを究めていた。

 

 

 ルミナとアンナはいない。どうやら二人はこの休みの期間に一旦家に帰るらしい。二人はお金が無くて生活が安定していないだけで、家が無いわけでも、家族が居ないわけでも無いから。


 

 というわけで、メンバーは私を入れた五人とアネモス一人の計六人で行くことになった。


「さて、今回行くところなんだけど……」


 出発前にルートを確認しておく。アネモスは地図を広げた。冒険者カードと同じぐらいに年季が入っている。古い情報ではないかと心配になるほどに。というのは置いといて、私達は広げられたそれを一緒に見た。


「今日はこの辺りに行こうと思う。君達を保護した国境の近く」


 アネモスはここからだいぶ離れた、祖国とミリステッド国の国の境目――国境の部分を赤いペンの先で触れて示す。


「でも、大丈夫なの?だって、危なくない?」


 ルティアは聞く。

 確かに祖国はきっと今も内戦状態だろうし、恐らくその周辺は何かしらの影響を受けている可能性が高い。


「大丈夫だよ。防刃・防弾・防火結界が周りに貼られているからこっちには何も影響ない。だからこっちは普通に過ごせるんだ」


「そんなものが……」


 私も初めて聞いた。だからか。だから影響を受けていないのか。


「でも、すごく時間がかかるんだ。だから途中までは歩いて行って疲れたら転移で近くの森まで飛ぼう。で、今日はそこで夜を越す。安心して、私知識高いから!」


 得意げに胸を張るアネモス。自分で言うなよ、と思いつつ、でも本当のことだから納得してしまう。それに私達はこの国のこと、ましてやこの施設の門を一歩跨いだ先にどんな風景が広がっていて、何があるのかなど知らないから、アネモス居てくれなければ正直困った事になるだろう。


「ということは、今晩は野宿なの?」


 リアがやや乱れた茶髪を揺らしながら聞く。アネモスが首を縦に振ると、口から軽い笑みが溢れたのが分かった。


「なんだか久しぶりの冒険者気分だね」


 冒険者、か。

 今となれば懐かしく感じるところもある。まだ私達のことが国中に報道される前、国民が支配に侵されて暴動を始める前。本当に短期間のそれでも身の詰まった冒険を私達はしてきた。外の空気に触れて時が経って変化した世界を知るというのが一番の目的だった。そしてそれは今も変わらない。


「という訳だから、準備して早速行こうか。あんまり話しすぎると時間なくなっちゃうからね」

 

「そうだね」

 

 アネモスはパタンと地図を閉じて鞄にしまう。私達はアネモスから助言された必要なものを粗方詰めていった。


 この施設内は空調が効いていてそこそこ暖かいが、この国ももちろん寒いので、防寒対策は忘れずに。今日は外で過ごすらしいから、上着も厚めのを羽織っておこう。


「それじゃ、しゅっぱーつ」


 アネモスの合図とともに、私達は施設の出入り口のドアを潜った。

 



          ✳︎



 

 眩しい光が差し込んできた。さざめく草木、久しぶりの太陽の香り。

 そしてどうやらこの施設がある辺りは商店街があるらしく、賑わいを感じさせた。

 

「ここが、ミリステッド国……」


 それは、祖国・ラリージャ王朝の姿とはまるで違った。結界のおかげなのか、はたまたこの辺りだけなのか。何一つ影響を受けているように思えない。また一つ、庭の葉上の雫が落ちる小さな音がした。

 

 小さな子供から大人まで、様々な人が買い物を楽しんでいる。かつてそうだったはずの、私達が再び取り戻そうと思っている風景がそこにはあった。

      


「どこ行きたい?おすすめはここの特産品を売っているお店かな」


 アネモスは出店の店舗が並ぶ辺りを指差しながら言う。


 私の胸が高鳴り出した。新鮮な平和の香り。体も求めていたのだ。


「ねぇ!みてみて!これ綺麗だよ!」


「あーこらこら。とりあえずアネモスの指示を聞いて」

 

 リアが何かを見つけたようで一つの店にかけていった。それをスケールが止める。というかいつからリアのお兄さん面してるんだ?


「まあ、いいわよ。通貨も言語もラリージャのものと同じだから、この周辺少し歩くぐらいなら大丈夫」


「確かにそうかもしれませんが……リアには俺達のつけているような首飾りがありませんし……逸れると大変です」

 

 スケールは掴んだリアの手を離さない。リアは少々不貞腐れているようで……なんだかそれも可愛らしさ満点で私の目に映った。


「分かった。じゃあ一緒に行きましょう」

 



 私達が最初に向かったのは、宝石屋。赤や青、緑や黄色。様々な色と光を蓄えた石が輝きを放っていた。


「綺麗……」思わず声が出てしまった。ラリージャにはこんなものは無い。


「見て見て!これもすっごい綺麗だよ!」


 買うわけでもないのにリアは置かれている商品を粗方手に取っては光に当てて観察を始める。


 なんで買わないか?

 理由は単純だ。


 そう、お金がない。


 アネモスの言う通りここはラリージャと通貨も一緒なのだが、冒険者だってろくに出来なかったし、今日までずっと施設で保護されてしかも無料で過ごしてきたのだから当然だ。


 試しに値札を見てみると、とても買えそうな値段ではなく……桁が二桁ほど多かった。




 他にも服や武器を売っている店などに入ってはここの技術の発展度の高さに圧倒されるばかりであった。何をどうやったらこれだけ艶々に鉱石を磨けるのか、加工ができるのか……はたまたなんの原料で作っているのかすらも分からないものまで置かれてあった。



「じゃあ、これなんかどう?リトルちゃんと、ルティアちゃん、あとリアちゃん。みんな茶髪の綺麗な長髪だからこういうアクセサリーも似合うと思うよ」


 アネモスはそう言いながら私の髪をその優しい手で撫でた。そして髪切りを一つ、そこに付けてくれた。そしてそれをそのまま買ってくれた。

 


 そして中でも………

 スイーツ屋さん。格別だ、と言われて食べたそこのバニラチョコソフトはその名の通り美味しかった。口に入れた瞬間、舌の熱で静かに溶け、濃厚な香りと高級な白砂糖の甘さが堪らない。その上、ビターチョコのほんのりと苦い感じが良く混ざり合っているのだ。

 荒廃したラリージャ。乳すらまともに取れず、食パンすらも合成食料の状態では絶対に作れない、素材の味がした。




 

 他にも多くの店を見て周り、気がつくとアネモスとソルフィアが買ってくれた物で、背負っていた鞄が少々膨らんでいた。


 遠くの空は橙色の、焼けるような強い光を放っている。今日もまた何事もなく一日が終わろうとしている。私達は何事もなかったかのように……文字通り全ての記憶を頭の中から綺麗に洗い流して、今日も丸一日買い物をした。

 

 空はあんなに明るいのに、風が吹くたびに肌に染みる寒さ――肌に直接氷を当てたような冷たい空気は、朝も昼も夕方も変わらない。長時間歩いていたせいなのか、ふくらはぎが張り、足裏が重くなる感覚がしてきた。

 隣を歩いていた他のみんなも出てきた時よりかはどこか疲れが滲んでいるようだ。


「ちょっと疲れてきたかな?」


 小袋を手にしたアネモスが商店街を抜けたところで立ち止まる。


 商店街を抜けた先は、境界線で区切られたかのように閑散としていて小さな家々がポツポツと建っていた。周りが暗くなってきて小さな光がそこから漏れ始める。


「うん……ちょっと疲れてきたなぁ……。でも、いっぱい見れて楽しかった!ここはいいところだね」


 リアが少し顔に疲れを浮ばせながらも明るくそう答えた。


「本当にね……隣国とは思えないよ。これもやっぱりさっき言ってた結界があるからなのかな?」


 次にルティアが言った。

 普段あまり喋らないルティアも今日は事あるごとに良く話を振ってきた。そのほんの少し明るい声を、私は何故か久しぶりに聞いた気がした。


「そうだね。実はこの結界、魔導士が国家技術研究所と協力して作っているものなのよ」


 研究所……

 何もかも真逆だ。ラリージャが黒ならここは白い。真逆の姿を映し出した、そんな国。もうここまで来れば間違いない。疑いようもない。


 ソルフィアが何か小さく呟くような声がしたが、よく聞こえなかった。


 私達六人だけの、追いかけるように付いてくるオレンジがかった薄暗い影が長く伸びている。靴を鳴らすリズミカルな音。


 しばらくして、先を行くアネモスが私達を振り返った。静寂の地面の上で静かに続いていた靴の音がピタリと止まる。

 

「じゃあそろそろ朝言ったように、転移して近くの森まで行こうか」


「「「「「はい!!」」」」」


 

 ……アネモスの転移で体が軽くなるのが分かった。

 


 そして次の光もまた、初めて感じる香りがした。

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