side研究所6 冷徹な心
これは、ラリージャ王朝の研究所で起きた話。
――ラリージャ王朝・研究員視点――
リトル達の輝く治癒力結晶の成分を分析していた時のこと。
部屋中に響き渡る、地響きのような声が聞こえた。それと共に何かが落下して砕ける、ガラスの音。
『全ての研究員よ、職務室に来い。報告がある』
長の声が、そう言うのを聞いた。
俺は試験管を握った手が震え出すのを感じ、落とさないよう意識的に力を込める。
嫌な予感がした。信じたくない。
ただ、俺は何かに酷く怯えている。
体よりも心の方が声の中に秘められている本当の意味を理解している。
――次で最後だ。
怒り狂った長から発せられた声が、ずっと頭の中に残っている。
寒気がした。
俺達は今日……殺されるのでは無いか……と。
研究室を出て、職務室へと続く暗い廊下を歩く。
酷い頭痛が襲う。手は手汗で塗れ、悪寒がする。心臓が高鳴り、自然と喘ぎ出す肺の動きに胸が苦しくなる。唾を呑む音が嫌に響いたような気がした。
もう集まっているかもしれないと思いながらも、恐る恐る職務室の中へと足を踏み入れた。
「何事ですか……?っ……!!!」
そこには研究員――およそ四十名程が一つの狭く、暗い職務室の中にぎゅうぎゅうに集められていた。
皆同様に片膝を立てて座り、頭を垂れている。
頭に生えた漆黒の……いや、先が血のような赤い光を蓄えた角を皆、真っ直ぐに長のいる方向へと向けている。
俺も一足遅れているのを気づかれまいと、後ろの方で紛れるように同じような体勢を作った。
しかし……
「気づかれないとでも、思ったか?エルシス」
長の低い声が刺す。
「くっ…………」
はぁ、まだ、まだ大丈夫だ。
額から浮き出た冷や汗の球が髪の毛から滴り落ちる。手の上に付いたそれは、本当に自分の体から湧き出たのかと疑いたくなるほどに冷たい。
「も、申し訳ござ――」
「それで許されるとでも……?と聞きたいところだが、面倒くさい。さっさと本題に入る」
激しく脈打っている心臓を落ち着かせようと深く深呼吸を繰り返す。
しかし後から後から湧き出る恐怖の滲む緊張で胸がギュッと引き絞られ、その奥から噴き上がる気持ち悪さに体が硬直する。
しばらく間が空いて、ハァ……と強く、溜息を吐く音がした。
「ラリアが死んだ」
「!?」
俺も……その他ここに集まったほぼ全ての研究員が、その言葉を聞いて息を呑んだ。
「ラリアは俺のお気に入りだった。ここの副所長に任命したぐらい忠実な、いい奴だった。だが、アイツは死んだ!!」
遠くに控える長の姿も顔も見ることは不可能だが、俺の脳内には長の歪む顔と歯軋りする音と、偉そうに足を組んで座る様が浮かび上がってくる。
ドンッ
と何か重いものが叩きつけられる音がして、職務室内が一瞬揺れた。
それと共に俺の頭からは思考が一瞬にして掻き消え、白く染まった。元々強く引き絞られた胸が、今にも破裂しそうなほどに強く揺れる。
「だが!ソルフ……アイツは生きている……!何故だ……何故耐えられる……何故!!おまえは……」
長以外の誰一人として声を発することさえしないが、全員動きを止める。
長も黙ると再び静寂が空間を支配した。
「アイツ……リトル達め……許さん……許さんぞ。必ず捉えて治癒力の全てを吸い上げてやろう……なるべく惨虐に……子供だろうが関係ない。アイツは化け物……この国に酷い損害を与える者たちだというのに」
長の怒りがいつも以上に強い。
鼻の頭が熱く、熱を持ち、それと共に何かが浮き出て頬を伝った。
涙?何に泣いている?何故?
「…………一体なぜそのようなことを仰られるのですか?私達研究員のすることは、決して彼らを殺すことなんかではない。彼らの治癒力の成分を分析して発展へと道を開く……そのために立ち上げられたプロジェクトじゃ、無いのですか?」
震えるか弱い女性の声が言う。
それを言ったら終わりだ。と、その言葉を聞いて胸の内で理解した。
残念だね……
チラリと声がした其方を見やる。
君にも、私にも敵わない。長の力には。
でも……正しいよ。君の言うことの方が。長は狂っている。俺もそう思う。だが、ここではそれは発してはならない禁句なのだ。
「うっ……!!あっ、っく……い、痛い痛い痛いいたいイタイ……!!」
直後その研究員が喘ぎ出した。
耳に強く響く悲鳴、叫び声、荒い呼吸……
俺は恐怖のあまり唇を強く噛む。
逃げてはいけない。耳を塞いだり、顔を背けたりしてはいけない。
やがてそいつは無惨にも殺され、地面に突っ伏し、大量の鮮血の中で息絶えた。鉄の香りだけが部屋中に充満した。
その後、長の光を失った赤い瞳が、跪く俺たちに向けられた気がした。ビクッと体が反応する。
「お前たちももう要らぬ。どうせ俺に反感をかって、いつかここから出ていこうとしているのだろう?出て行ったって無駄だ。だから今こうしてお前達を処分しよう」
ああ……くる。
俺にも、来るな。
だが、変に耐えようとは思わない。長のやることだ。正直どうだっていい。
「そ、そんなこと……!!す、するわけ、がっ!」
やめろ。反抗するでない。
また一人反抗した。
見ただろう……?ああなりなく無いなら無言でいるべきなんだよ。
と、心の中では冷静だけれど、実際はそんなことはない。
――ブツッ
何かが切れた。
と、同時に目の前が真っ赤に染まる。
「「「「「ギャアアアアアア……!!!」」」」」
断末魔。
研究員達の。最後の嘆き。
「うっ……!!うぅ……っぐ……!!っは」
俺も、嘆きの中で同時に生み出される臭いの強さに吐き気がした。
胸に刺さる強い痛みに、俺は声も出せない。
立つことも、できない。
「ああ……はぁ、はぁ……あ……っ!ぐっ………」
一瞬息が止まる。俺の体も、崩れた。
もう、いい。
耐える必要なんか最初から無いのだから。そう言っただろう……?何を、いまさら。
俺達研究員の体には大量の糸が張り付いている。
長がその糸を緩めれば、俺達の心は開かれ、その糸を強く引けば、たちまち酷い痛みが襲いかかる。
操り人形のように、長の酷く冷め切った……一言で言うとその冷徹な心で弄ばれる。
もう、こうなった以上は逃げられない。
帰ってきたソルフは、何を思うだろうか。この残酷な空間の中で。
アイツは俺達のような、か弱い心ではない。強い意志があって、でも同時に冷静で、動じない。俺なんかより強い。
だから一つ、お願いしたい。
まだ生き抜いてここにいるあなた達へ。
「長を…………たおして、くれ…………」
俺の胸も、漆黒の矢で、突かれた。




